正峰作品を紐解く ~うたまくら336号より - 正絃社

正峰作品を紐解く ~うたまくら336号より

正峰作品を紐解く     野村 祐子 (*写真はクリックで拡大)

 うたまくら前号に引き続き、気まぐれなコーナーですが、長らく愛されている野村正峰作品より今回は歳時記のシリーズ
「春の歳時記」(1981)、「夏の歳時記」(1990)、「秋の歳時記」(1984)、「冬の歳時記」(1999)から2作をご紹介いたします。

 

〇「春の歳時記」
 父が日本の春夏秋冬を描く構想をいつのころに思いついたのかは解りませんが、第1作の、「春の歳時記」は昭和56年4月29日、東北正絃社第5回のフィナーレに新作初演として出しています。
 このプログラムの巻頭ご挨拶には、次のように述べています。

『第5回というひとつの区切りの公演を迎えることになりました。私は毎回のプログラムに、紋切り型でない、私の日本音楽への思いを述べてまいりましたので、過去のプログラムを入手されたかたには正絃社の立脚点がほぼおわかりになっていただけたものと考えています。今や東北正絃社は、正絃社そのものであるといっていいほど、人材にも恵まれ、人々は和し、技能も向上しレパートリーも広くなってきました。今私たちにいちばん不足しているものは、〝伝統の深さ〟であるといえるでしょう。これはいつの時代でも、新しく生み出されたものの宿命的な〝弱み〟であり、アメリカが、ヨーロッパの古い文化遺産に憧れるようなものです。
 しかし、私たちには、伝えられたものを墨守することよりも、古人の創め(はじめ)の心を私たちの心として、今から新しい伝統を築いてゆこうという、真の復古の精神に燃えた、強力な若いヴァイタリティがあると信じています。
 今回も、今後も、この公演によって、私たちの日本音楽を愛する、深い深い心情をおくみとりいただければ幸いでございます。』
 昭和52年秋に仙台の地に旗揚げした東北正絃社の5回目の節目を迎えて、箏曲の新しい伝統を産み出そうとの熱い気持ちをつぎ込んだ新作「春の歳時記」を掲げた公演、しかし、作曲の筆の遅い父ならではの曲の解説は、
『東北公演での新作初演は今回がはじめての試みです。新作初演は作曲の完成から、リハーサルの期間が短いので、演奏者の技倆に信頼がおけなければ非常に危険な賭けになります。今回は、一面ではあえて危険をおかし、一面では背水の陣を布くことによって、演奏者の志気を高め、自信をもたせるという、プロとしての公開教育の場でもあります。
 さて肝腎の曲の方はプログラム編集の時点ではできていませんので構想の片鱗をご紹介します。
・・・雪解・・・ひな祭・・・落花譜・・・揚雲雀…正峰』        

と、公演間近になっても作曲の未完成を正直にプログラムに載せ、演奏者にプレッシャーをかける我儘を披露しています。
 演奏者は、箏独奏・野村秀子、三絃独奏・鷲津紀子、十七絃独奏・林牧子(現・佐々木牧子)、尺八独奏・野村峰山、合奏群には仙台在住の会員を中心に関東・中部地区から応援の会員合わせて42名と現地の尺八奏者16名の総勢62名、野村正峰自らの指揮で、仙台市内の目抜き通りに面した東北電力ホールの舞台を飾りました。 

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東北正絃社第5回定期公演(仙台電力ホール)にての「春の歳時記」初演


 また、この折、前年の名古屋での「春の公演」に「四季のみちのく」と題して初演した作品を、「遥かなりみちのく路」と改題して演奏しており、プログラムの至る所に東北への強い想いが表れています。

さて「春の歳時記」は三楽章からなります。
 第一楽章 雪解水
 第二楽章 ひな祭に
 第三楽章 春爛漫
 第一楽章、第二楽章は双調陰旋音階を基調とする雲井調子系(第一箏)の調絃で、三絃は本調子。
 第三楽章で平調子系(第一箏)の壱越陰旋(上行旋律)音階、三絃は二上りへ調絃を変えて、前楽章の双調陰旋音階(雲井調子)から完全5度上の属調(壱越陰旋音階)のへの転調で、終楽章に明るさを出しています。
 第一楽章の怒涛のごとく流れ出る雪解水を表す合奏、第二楽章では各パート独奏者に活躍させながら合奏群にも可愛らしいフレーズの掛け合いで変化をつけています。
 大幅に転調した第三楽章の冒頭では、再び三絃、十七絃、尺八の独奏群による聴かせ処を設け、それに導かれた合奏は華やかな春爛漫の景色を描きます。演奏時間は20分近い大作です。
 第一箏、三絃、十七絃、尺八それぞれに活躍する独奏部だけでなく、合奏部分にもそれぞれのパートが活躍する部分が用意され、合奏の楽しさ、面白さに何度弾いても飽きない曲です。

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昭和57年4月10日「春の公演」(名古屋市民会館)にての「春の歳時記」


〇「秋の歳時記」
 歳時記シリーズ2作目「秋の歳時記」の発表は、3年後の昭和59年4月16日。正絃社のホームグラウンド名古屋市民会館にて、2日間3公演42曲を上演する「春の公演」初日のフィナーレに新作発表を行っています。当時の「春の公演」では2日間の出演者はおよそ四百余人。延べ人数にすると千人近くにも及ぶ大所帯でした。
この際のプログラムには、次のように述べています。

『一九八一年に発表した「春の歳時記」に続き、四季の四部作の構想のもとに連作中の第2
作です。昨年秋以来、部分的に発表しつつ今回ようやく秋がまず完成しました。
歳時記といえば勿論俳句の季語としての季節感のあるもろもろの事象であるわけですが、大切なことは日本の季節感であることであり、それはやはり日本の伝統楽器で綴りたいということです。
前作春は、三絃、箏2部、十七絃に尺八を配した大合奏曲として書き上げたのですが、今回の秋も同様の意図をもって作曲したことは言うまでもありません。春では、音階的には都節と呼ばれる都会的な音階や、長唄的な歯切れのよい華麗な三絃の技法が目立ったのですが、秋はどちらかというと田舎節と呼ばれる民謡的な素朴な雰囲気や、写実的な技法が対照的です。』

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指揮をする野村正峰

 第一箏は、野村秀子はじめ30名、第二箏には土井澄子はじめ19名、三絃に鷲津紀子はじめ19名、十七絃13名、尺八には野村峰山と県外県内からの尺八奏者28名、合計百九名での初演でした。

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昭和59年「春の公演」(名古屋市民会館)にての「秋の歳時記」初演

そして「秋の歳時記」も三楽章から成っています。
 第一楽章 菊人形
 第二楽章 お月見
 第三楽章 豊年祭
 調絃は、第一楽章が陽旋音階系の大楽調子(第一箏)で、秋晴れのもと菊人形が飾られる情景を思い浮かべる明るい出だし。第二楽章では双調陰旋音階の雲井調子(第一箏)に一転してクロマティックな音階進行を多用し、月の出を隠す叢雲に、人々が月を待つ気持ちを募らせる様子を描きます。
 第三楽章では、ほぼ前章と同じ雲井調子ですが四七抜き短音階(ラ・シ・ド・ミ・ファ・ラ)を主軸に、太鼓のリズムに乗って五穀豊穣を祝う、のどかな農村のお祭りの風景を描いています。
「春の歳時記」と違って三絃は終始、本調子で通しており調絃替えのないのは演奏者にとってありがたいものです。

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昭和59年4月29日東北正絃社公演(仙台電力ホール)にての「秋の歳時記」


 各楽章の解説は、楽譜に掲載してありますので楽譜をご参照ください。
 次回は夏と冬をご紹介いたします。

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