正峰作品を紐解く ~うたまくら337号より  - 正絃社

正峰作品を紐解く ~うたまくら337号より

正峰作品を紐解く    野村 祐子 

うたまくら前号に引き続き、気まぐれなコーナーですが、長らく愛されている野村正峰作品より今回は歳時記のシリーズ
「春の歳時記」(1981)、「夏の歳時記」(1990)、「秋の歳時記」(1984)、「冬の歳時記」(1999)から夏と冬の2作をご紹介いたします。

*写真はクリックで拡大します

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

「夏の歳時記」

平成2年7月6日、正絃社合奏団の第13回のコンサート(電気文化会館コンサートホール)にて新作発表した作品です。
正絃社合奏団は、若手会員の育成と野村正峰オリジナル作品の演奏レベル向上を目指して、昭和61年20名で結成。翌62年、名古屋市芸術創造センターにて第一回の旗揚げ公演を開催、各地でのコンサート、イベント出演など現在も継続して活動しています。「夏の歳時記」初演の演奏メンバーは次のとおりで、今も活躍の会員の名を心強く思います。

三 絃 野村祐子 鈴川悦代 岩瀬直子 野村倫子
第一箏 古居 泉 黒田八惠子 矢津由香 
    小出和江 後藤有子 中島未祐己
第二箏 三上倍穂 伊地知こな美 大谷奈美江
    栗山和佳子 水野いずみ 原田幸美
十七絃 井改真美 山田美代子 杉浦龍峰
尺 八 野村峰山

uta337 himotoku01

正絃社合奏団第13回コンサートプログラム


現行の楽譜掲載の解説は、初演後に修正されていますので、当時のプログラム記載のままの解説を次に記します。

春の歳時記(1981年)秋の歳時記(1984年)についで、四季の歳時記ものとしての連作の一環として、多年構想を温めていたものです。全シリーズ完成の暁は、連続演奏が可能なようにと、どの曲も箏2部・十七絃・三絃・尺八のアンサンブルで編成したいと意図していました。
どの曲も作曲の構想を練る段階で、三絃が加わることによって、ある程度音階上の制約は覚悟しています。ことに春、秋のように、基本的には陰旋音階が基調になり、それがまた日本の歳時記としてよく似合う曲には、三絃のパートの作曲が、作曲者自身にも抵抗なくアレンジできたのですが、さて「夏」となって見ると、やはり陰旋音階からは脱却したいし、そうかといって、三絃のアレンジを長音階にするということには抵抗があります。
結局、陽旋音階ふうの曲にしてみよう、という当初の意図は一貫しているのですが、雅楽でもない、民謡でもない、長音階でもない陽旋音階というのは、実際に身近な曲例がないだけにメロディづくりに今までにない苦心をしました。
 前置きが長いのですが、さて夏の歳時記は

夏雲・・・もくもくと聳えたつような入道雲(積乱雲)を想像しながらえがいてみました。でも人間の考えることはどうも小さいと反省しています。

夕立・・・雲についでは雨、南洋諸国ではスコールという激しい雨があるそうですが、日本では、やさしく夕立といきましょう。それでも、時には激しい集中豪雨となり、雷鳴となります。

走馬灯・・・夏といえば日本ではやはりお盆、信心のある人も無い人も、お盆の休暇だけは享受します。仏壇、線香の匂い、盆行の証のチンチンという響き、走馬灯の廻るのを見ては亡き人を偲ぶひとときなどの思いをこの章だけは短音階ふうにえがいてみました。

川開き・花火大会・・・大川には夕涼みの川舟が浮かべられ、やがて「鍵屋!」「玉屋!」と、花火が打ち上げられる・・・時代劇のシーンにはよく出てきましたが・・・このごろはどうでしょうか。しかし、現実はともかく、終章にふさわしく、でっかい花火が打ち上げたいものです。

と、連続演奏のための編成にも音階にも拘って構想を練った様子が伺えます。他の歳時記と異なるのは三絃が二部合奏になっている点です。それでは音階を中心に分析してみましょう。

【第一楽章】
・第一箏(高音):楽調子
・第二箏(低音):大楽調子
・十七絃:ハ長調
・三絃:一下がり(CGD)
もくもくと湧き上がる入道雲を、低音部を活かした十七絃で表現したハ長調の明るい曲調。第一箏では、四 五 六 ヲ六 七 八 ォ八 九、三絃はイ一 イ三♯ イ四 伍 一 三♯ 四 五のつぼで長音階ドレミファソラシドを作ります。陰旋音階が似合う三絃では長音階の音程を捉えるのに苦心する楽章ですが、聴き慣れると楽しくなります。
三絃が二部になっているので、三絃同士の合奏も楽しい楽章です。

【第二楽章】
 端唄三味線風な三絃ソロの出だしに、粋な日本の夕暮れの情景が思い浮かびます。そしてやってくる夕立の雨音。十七絃の旋律にはどこか異国風な明るさがあるのですが、三絃の音色が日本的な響きを呼び戻し、葛飾北斎が雨の中、駆け出してゆく人々を描いたような情景が浮かびます。やがて雨が一瞬止まったかと思うと、次は雷。
十七絃と箏との掛け合い、そこに意外な三絃の調子替えで、一下がりから本調子(DGD)に転調した三絃の響きが、一層、日本音階らしさを出しながら、陽旋音階を基調とした賑やかな合奏で楽章を締めくくります。

【第三楽章】
 前楽章からの調絃替えはないのですが、Aを主音とした和声短音階(第一箏ではラシドレミファ♯ソラ=八 ォ八 九 十 斗 ヲ斗 ヲ為 巾)を基調として、その中に「♯レ=ヲ十」のジプシー音階の音程を時おり入れています。
この楽章のみが6/4拍子(あとは4/4拍子)で、ゆったりした3拍子はメロディを滑らかにして亡き人への想いを、箏とりわけ低音部を主軸に綴ります。三絃と箏の高音部での同じリズム反復による伴奏が作曲者の脳裏に浮かぶ盆行のイメージでしょうか、これがメロディを取り囲み切ない思いをいっそう募らせます。

【第四楽章】
 楽章の前半が川開き。三絃第Ⅱ絃を主音とする陽旋音階(一三五135)で、のんびりした川の流れを楽しむ様子を描きます。
一転して速いテンポで花火大会。ドドン、ヒュルヒュルと上がる花火を裏連、流し爪、連続するスクイ爪や威勢の良いピッチカート、装飾音符で表現しています。
強弱などの演奏表現を加えて合奏していると演奏者同士が楽しくなってきます。聴く人よりも、演奏者のために作曲があるのではと思います。演奏終了後は、親しい人々と過ごした花火大会の楽しいひとときを余韻のように思い出す帰り路のようです。
ぜひ、多くの皆様に、この「合奏する楽しさ」「音楽を共有する嬉しさ」を味わっていただきたいと思います。

ついでながら、その当時、毎年4月に定期演奏会を開催していた東北正絃社では、平成4年4月5日(日)電力ホール(仙台市)にての
「第16回東北正絃社定期演奏会」のフィナーレ曲に「夏の歳時記」を挙げています。
三絃A8名、三絃B8名、第一箏15名、第二箏14名、十七絃6名、尺八13名、野村正峰指揮で総勢65名、青森県から福島県まで東北6県からの出演でした。

uta337 himotoku02

第16回東北正絃社定期演奏会」の「夏の歳時記」


この折のプログラム解説には、
作曲に手をつけてからほぼ2年の長考ののち、ようやく完成にいたりました。私の歳時記の構想はシリーズものとして、
第一に、三絃に比重の大きい大合奏曲と
する。
第二に、シリーズ完成の暁は連続演奏が可能であるように、ということは調絃上ある程度の束縛を覚悟しなければならない。
第三に、四季それぞれに純日本的な、情緒のある、変化に富んだ構成にしたい。
などと、なかなか欲ばった構想なので、あとへいくほど難しくなってきて、このあとの冬をどういう展開にしようかと悩んでいます。
 さて、この夏の歳時記はご存知夏の風物詩をうたいます。三絃ものには珍しい陽旋音階系の箏の調絃が既作の春、秋と打って変わった雰囲気なのです。
と述べています。
そして、東北正絃社に遅れること2週間、正絃社本部のメインイベント「春の公演」での「夏の歳時記」新作発表は、平成4年4月19日(日)で、二日間3回公演の第2部フィナーレとして演奏されました。(公演の第1部は18日午後、第2部は19日午前、第3部は19日午後)
野村正峰指揮、第一箏18名、第二箏15名、十七絃7名、三絃A5名、三絃B5名、尺八32名で総勢82名の舞台です。
当時「春の公演」は2年に1度の開催のため、新作初演曲3、新作(初演ではないもの)4を含めて、2日間3公演で40曲を演奏するプログラムでした。

uta337 himotoku03
1992年「春の公演」第2部フィナーレ「夏の歳時記」

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 「冬の歳時記」

歳時記シリーズ最初の「春の歳時記」の構想から18年、これで四季は完成しましたが、このシリーズはこれでおしまいではなく新年(は行事が多いので)の歳時記を作りたいと言っていた父でした。しかし、実現することなくあの世へ旅立ってしまいました。いつか、父が描いていた新年の歳時記を引き継ぐことができたら親孝行ができるかと思っております。
さてこの「冬の歳時記」は、平成11年(1999年)2月28日、名古屋三曲連盟(昭和48年=1973年創立、箏曲15団体、尺八2団体計17団体から成る)の第26回定期演奏会(名古屋市民会館中ホール)の最終曲で各派合同
(第一箏16名、第2箏14名、十七絃9名、三絃11名、尺八10名、合計60名)の演奏。
流派を越えた出演者を、作曲者野村正峰の指揮でまとめた初演の舞台となりました。

uta337 himotoku04

平成11年の名古屋三曲連盟合同演奏「冬の歳時記」

その前年、創立25周年を迎えた同連盟では25年の足取りを「名古屋三曲連盟25年の歩み」という本にまとめ好調の波に乗っており、二日間にわたる定期演奏会では初日12曲、二日目第一部11曲、第二部11曲、合計34曲の盛況なプログラム。各社中の親睦交流によりお互いの芸を学び高めあうという趣旨で平成7年(第22回)から合同曲が加えられ、その当番が正絃社となった折の選曲にかねてよりの歳時記シリーズの締めくくりを選んだものでした。
そのプログラムに掲載の解説は、次のとおりです。

冬の歳時記(解説)
 四季それぞれ、折にふれての感興を五、七、五という短い句にこめて歌うのが俳句。
これを箏曲を中心とした和楽曲で試みた連作の最終篇。古来諸家の作品にも、四季に因んだ素材を姉妹作とした例があり、浅学をかえりみず先人にあやかりたいと願っています。

【第一楽章】柊(ひいらぎ)の花
 父母と暮らした家の庭の生垣に植えてあった柊は、ギザギザの棘のような厚手の葉が、子供心には恐いように感じられました。初冬の頃白い花がつぎつぎと咲き、花びらが地面いっぱいに散りしいて、芳しい香りがしていました。

【第二楽章】もがり笛(虎杖笛)
 昔の冬の日は、山から吹きおろす風はほんとうに寒く感じました。恵まれた人以外は外出には厚手のオーバーの襟を立てて、街を足早に歩きました。うらぶれた後姿を冷たい風が追いかけ、葉の落ちてしまった高い梢、電柱、電線までもが悲鳴のような音をあげて襲いかかったものです。今の人は、もう、もがり笛という表現を知らないようです。

【第三楽章】冬の夜の団欒(だんらん)
 核家族社会では、寒い冬の夜、一家がそろって食事をして、他愛もないおしゃべりを楽しむ習慣は稀になったようです。そういう生活の思い出のある人のために加えました。

【第四楽章】銀嶺のかなたに
 歳時記の季語に銀嶺は見当たりません。しかし銀嶺イコール雪山と考え、あえてこのタイトルを最終楽章としました。銀嶺の彼方には何が? これは自由な想像にしましょう。      (一九九九年一月作曲)

同年4月25日(日)電力ホール(仙台市)にての第23回東北正絃社定期演奏会では、幕開けに新作として「冬の歳時記」を出し、東北一円の会員55名を従えた、野村正峰指揮によるオープニングでした。
プログラムには簡略に次の解説が載せられています。
一九八一年に作曲した「春の歳時記」に続き、秋が84年、夏が92年と、作曲のスピードがおちたのはいなめません。シリーズ連作のしめくくりという思いが、なかなか筆をとるまでに気分を高揚させてくれなかったのでした。

第一章 柊の花
初冬の頃庭に白い花びらをまき散らします。分厚いぎざぎざの葉っぱ。
第二章 虎杖笛(もがり笛)
山から野に吹きおろす風。高い梢や電線が悲鳴をあげます。
第三章 団欒(だんらん)
冬の夜の楽しみは炬燵やストーブのまわりでの一家団欒のとき。
第四章
山の彼方に幸が住むと歌った人もいました。雪山の彼方に消え去ってかえることのない青春の思い出も……ああ命なりけり……。

uta337 himotoku05
第23回東北正絃社定期演奏会「冬の歳時記」


正絃社本部名古屋での「春の公演」は、翌年の平成12年4月8・9日、二日間3公演で34曲を上演するなかで歳時記シリーズは、8日第一部のオープニングに春、第一部のフィナーレに冬、9日第二部の4曲目に秋と歳時記三曲を入れています。歳時記シリーズは大作なだけに連続演奏という構想には及びませんでした。
なお、この公演第三部のフィナーレ曲は静岡県三曲連盟委嘱による「かぐや姫の帰還」(グランシップ開館記念)で、大作の依頼が続いておりました。

uta337 himotoku06

平成12年「春の公演」より「冬の歳時記」


 曲の編成は前述のとおり他の歳時記シリーズ同様に、箏高低2部、十七絃、三絃、尺八の5パートから成っています。

【第一楽章】
この章の調絃は、
・第一箏(高音)は本雲井調子、第二絃(G)を宮音(主音)とする陰旋音階。
・第二箏(低音)は変形の平調子で宮城道雄作曲「さらし風手事」の第二箏と同じ調絃。
・十七絃は第一絃Cとするハ短調、和声短音階(ソが♯になる)やクロマティック(半音階)  
進行で箏の陰旋音階に変化を加えています。
・三絃は本調子(DGD)で第二絃から始まる陰旋音階が基本になっています。
基本的な4/4拍子のなかに、突如、3/8
拍子や5/4拍子、6/8拍子、3/4拍子が出現して、演奏者を不規則なリズムで惑わせます。楽章の終わりでは次のように調絃替えがあります。
(第一箏)本雲井調子→平調子系
(第二箏)陰旋音階系→陽旋音階系
(十七絃)ハ短調→ト短調

【第二楽章】
前楽章最後の調絃替えでの演奏です。
各パートが異なるリズムで動き、散らし爪、流し爪、擦り爪などの手法、三絃のこき下げ、尺八は高音のトリルで、冬空に唸る冷たい風を表現しています。

【第三楽章】
安定した4/4拍子で進み、出だしと途中に津軽三味線風な三絃の聞かせ処が入り、第一箏は大楽調子、第二箏は乃木調子系に転じて明るい民謡風な旋律で、ほのぼのとした家族の語らいの様子を描いています。  

【第四楽章】
さて「銀嶺の彼方には何が?」と、クイズのような解説で導かれる最終楽章、三絃は本調子(DGD)から二上り(DAD)に転じて短音階(伍一二四1245)となり、十七絃も調絃替えし、ト調和声短音階が使われます。十七絃と第二箏の低音部で奏される6/8拍子は「銀嶺の彼方」の雄大な景色を思わせる出だしですが、次第に増えていく合奏には無限のなかに一抹の寂しさを漂わせながら終章の盛り上がりを迎えます。
いったい作曲者はこの曲の彼方に何を見ていたのでしょうか・・・、皆さまの想像にお任せして「歳時記シリーズ」の紐解きの終わりとさせていただきます。

このページのTOPへ