今、伝えたい作曲裏話 ~うたまくら336号より - 正絃社

今、伝えたい作曲裏話 ~うたまくら336号より

今、伝えたい作曲裏話     野村秀子

「みなかみ詩情」は起承転結

 現家元・祐子が高校二年生のころ、東北の奥入瀬渓流を訪れ「奥入瀬の印象」(仮題)とまとめた曲に、正峰先生が水の源を尋ねる旅として普及性のある「みなかみ詩情」と命題したものです。曲は4つの楽章から成り、文章で言えば「起承転結」の模範解答のお手本のような構成です。
 調絃は、当時の正峰作品の「宮城野」からヒントを得て音階調絃を工夫し、第一絃から四絃までは平調子と同様に合わせ、四絃から長音階(ドレミ・・・)に合わせます。この調絃法は、こののちにも度々、祐子作品に使われるもので、短音階系の曲には「古城の旅人」「古都絢爛」、長音階系に変えた作品では「空と海と太陽と」「そよ風のように」があります。
 作曲の際に調絃を決めるというのは、とても重要なことのようで、正峰と祐子は、「作曲する前に、まず調絃が決まらないと曲が書けないんだよね。」と親子作曲家同士で語り合っていました。
 さて、「みなかみ詩情」の第一楽章はト短調、初夏の爽やかな渓流散策の景色を描き、第二楽章は激しい水しぶきを上げて流れ落ちてゆく様子をソを♯にした和声短音階で表現しています。  
 第三楽章では、私が著した「箏の常識と楽理のお話」で「こきりこ陽旋音階」と分類した、2・6抜き短音階(短音階ラシドレミファソラから第2・6音を抜いた【ラ・ド・レ・ミ・ソ・ラ】の音列で民謡に多く使われる音階)に転じて、ゆったりとした川の流れる田園風の情景が描かれています。
 最終の第四楽章では和声短音階からさらに第4音レを半音上げたジプシー音階【ラ・シ・ド・♯レ・ミ・ファ・♯ソ・ラ】で、「ハンガリア舞曲」などのように芸術的に使われると楽典書に見たことがありますが、この音階を使って奥入瀬の旅を締めくくる大滝の水しぶきを優雅な旋律で描いています。

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野村秀子著「箏の常識と楽理のお話」

 これだけの要素を持つ曲ながら、さりとて必死になって取り組まないと弾けないというほどの難曲でもなく、気軽に親しめるところが逆に名曲ではないかと、作曲当時、親バカ心に思ったものです。

 

親思い?の調絃で作曲

 調絃について、ついでに言いますと特殊な調絃は、演奏会のときなどに楽器の遣い回しが面倒になります。うたまくら前号で紹介した「こきりこの里」「篝火」「深山の春」のように、同じ調絃の曲は大変重宝します。特殊でも同じ調絃の曲があれば手間取らず遣い回しの効率がよいので、そこで、正峰作品と同じ調絃で弾けるようにと意図的に作曲した、祐子(親思いの?)作品があります。

【正峰作品と同じ調絃で作曲された祐子作品】
〇正峰作曲「五丈原」➡祐子作曲「風薫る」
〇正峰作曲「白樺の林にて」(調絃改訂版)➡祐子作曲「緑の小路」

 普段、私たちがお稽古する際でも、調絃の遣い回しができ、なおかつ曲想が異なり魅力のある曲は、手間も省けてお稽古も進みます。作曲者側としては、たった13本しかない箏の音域で作曲のイメージを表現するのは、さぞかし調絃にも工夫が必要なことでしょう。とはいえ特殊な調絃の工夫は今に始まったことではなく、古典「万歳」に合奏される「オランダ万歳」のオルゴール調子や、同音の多い「明治松竹梅」の調絃、「千鳥の曲」の古今調子など、古来、独特な調絃法は工夫されてきたのです。しかし、あまりに特殊な調絃は、遣い回しができず普及性に欠けるのが実情でしょうか。

 

3連符だった「旅路」(昭和42年作曲)

 正峰作「旅路」について思い起こすのは、第一楽章が当初、3連符で書かれていたことです。NHKでの放送録音用に作曲されたのですが、出来上がったばかりの曲は3連符の連続する楽譜でとても苦労しました。この体験から楽譜公刊のとき、一小節・4分の2拍子で3連符の表記を、一小節・8分の6拍子に変更することにしました。楽譜の表記を変えたことでリズムや曲想を理解しやすくなり、より多くの方に演奏していただけたのではないかと思っています。
 また作曲の際、正峰先生は「旅路」第二楽章の調絃について、「こんな音階で作曲したいけれど何音階かな?」と・・・。折も折、私は楽理の本をまとめていた時で、これは芸術的な音楽に取り入れられるジプシー音階だと伝えると、得心して作品が出来上がったのです。独学で手探りの作曲を模索していた初期の正峰作品、何度聴いても苦難の人生が偲ばれ、涙がこぼれてしまいます。

 

箏曲界のベストセラー「箏曲小曲集№1」

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「箏曲小曲集№1」

 現在80版を重ねる箏曲入門集「楽しく学ぶための 箏曲小曲集№1」は、入門者への指導に何気なく使っていらっしゃると思いますが、この曲集はピアノの「バイエル」のように箏曲初心者の学習のための正峰先生の作曲編曲で、楽譜の読み方、調絃、箏の手法など説明を添えて編纂しました。
 昭和43年の発刊以来、50年以上、流派を越えて全国で愛用されている箏曲界のベストセラーなのです。たとえ小品でも、合奏の楽しさを味わえるよう手を抜くことなく編曲され、日本古謡の「さくら」はじめ、童謡、クリスマスソング、雅楽、長唄など幅広い選曲で日本音楽の知識も学べます。
 ところで私のもとでは、昨年からのコロナ禍にも関わらず入門の方がありましたので、もちろん「小曲集№1」でお稽古していますが、何度弾いても楽しく、習う人への優しさ細やかさが込められており、正峰先生の箏への思いが伝わってきます。
 蛇足ですが、学校の教科書では教員指導用の教科書ガイドがありますので、「箏曲小曲集№1」にも指導書があれば、よりお稽古に役立つのではと後に編集したものが「箏曲小曲集№1練習のポイント」で、「虎の巻」ということで表紙には虎の絵を載せています。

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箏曲小曲集№1練習のポイント


 ベストセラーの№1に続く「箏曲小曲集№2」は童謡のアレンジ、「№3」にはオリジナル曲も入れ、「№4」までは主に正峰先生の編纂でしたが、№5からは祐子編曲を中心に、今年発刊の№11~13はご周知のとおり倫子編曲、さらに幹人も編曲に参戦し、今流行のアニメソングまでも箏で弾けるという、私が入門したころには考えもしなかった曲がレパートリーになる時代がやってきました。

 戦後、廃れていた箏曲が現代まで生き延びたのには、魅力ある新曲が次々と作られてきたからと思いますが、コロナ禍で文化活動が止められてしまった昨今、箏曲界の復興、これからの発展はあるのでしょうか。よい曲を弾き続けて将来へ繋げていただきたいと願うばかりです。

 

何といっても自分がいちばん!

 ずいぶん前のことですが、ある方と話していたとき、
「近頃、趣味で詩吟を始めたのですが、初心の自分でも『誰が上手いか?』っていったら自分ですよ。私こそいちばん上手いって思えなくっちゃ、やってられませんよ。」
と、宣うこと然り。 
 人は何と言おうが、『自分がいちばん!』と思いたいのがホンネ。《継続は力なり》と言いますから、上達への道筋は根気よく続けること。気長に続けるためのモチベーションは『自分がいちばん』と思うこと。皆さんは自分がいちばん上手いと思ってお稽古していますか? 
 でも、本当に上達するには、『自分は世界でいちばん下手だから一生懸命、練習しよう』と、謙虚に向かうことも必要です。
 時には傲慢に、時には謙虚に、気の合った仲間と楽しく合奏しながら自分を磨きましょう。
 正絃社のたくさんの楽しい曲で、末永くお稽古して上達してくださいね!

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