【348号】うたまくら 正絃社創立60周年を迎えて
正絃社創立60周年を迎えて 野 村 祐 子
父・野村正峰が初代家元を名乗り箏曲正絃社を立ち上げたのは昭和40年ですが、現在の本部教室に近い場所に教室を最初に開いたのは昭和33年ころのようです。
その発端は、母・秀子が守綱寺の住職・羽塚尚明氏(正峰の妹・禎子の嫁ぎ先)が舞踊の会で笙を演奏するため御園座へ観劇に行く折り、新栄町の電停の前に「貸間あります」の看板を見つけ、箏曲の稽古場に借りることにしたと母は語ります。繁華街の栄へと続く広小路通りは交通の便もよく、といって煩いほどの街並みでもなく、偶然見つけたとはいえ目抜き通りに面した好条件の立地でした。
関西邦楽作曲家協会作品発表会にて
戦後復興の時代、生活に余裕ができた人々が始めるお稽古事にはお茶、お花に続いてお箏も人気があったのでしょう。子どものころに習い覚えた稽古事を生かして何かできればと考えた母の思いがけない転機でした。
その年の秋には愛知文化講堂(現在は愛知芸術文化センター)で野村箏曲教室第1回目の旗揚げ演奏会を、僅かな人数で行っており、その勢いに驚かされます。
昭和35年、「箏など男子一生の仕事にあらず」と箏曲師匠を強く反対していた父親の逝去を機に、父・野村正峰は県庁勤めを辞して箏曲を生涯の道とすべく踏み出しました。明治以来の教育で洋楽が普及し邦楽が衰退していく時代にあり父は、新日本音楽の中心宮城道雄はじめ、筑紫歌都子・山川園松・久本玄智などの新しい創作に惹かれ、レコードを蒐集して学んでいました。次第に日本が成長する時代、習い事も盛んになり、父母の教室には若いお弟子さんも増えていきました。
邦楽のより普及発展のためには底辺の拡大、そのためには、これからの時代に合う新しい作品が必要、と感じた父がたどり着いたことは自身の創作活動でした。独学で作曲を勉強し、昭和30年代には洋楽を箏や尺八にアレンジする試みを行っています。
その当時、我が家にオルガンがやってきました。足踏み式で旧式のオルガンでしたが、私が小学校から帰ると鍵盤の上に「ロツレチハ」「一二三四五…」と青鉛筆で書かれていたことが思い出されます。五線譜の翻訳や音を確かめるのに使っていたのでしょう。
そして昭和39年、ついに処女作「長城の賦」を発表。これが箏曲正絃社として声を挙げる契機となったのです。
「六段の調べ」のような純器楽の価値は、年齢を重ねないと理解できませんが、父の作品には誰しもストレートな感動が湧き起こると私は信じています。
後にビクター社で父の作品を録音した際、藤本ディレクターと服部ミキサーが「長城の賦」の第三楽章を聞きながら「万里の長城に夕日が挿す風景が目に見えるようだ」と評していました。また、「美吉野」収録のレコードの表紙には「これが似合うだろう」と春爛漫の桜の風景写真、他にもいつも曲のイメージにピッタリと合う写真を選んでくださいました。感動のある曲を演奏できることを誇りに思いました。
この感動が、「また弾きたい」「また聴きたい」という意欲に繋がり、一人一人の意欲の積み重なりが箏曲の普及発展への力になると思っています。父が目指した箏曲の底辺拡大、普及振興からさらに演奏技術向上、より充実した箏曲団体を目指して研鑽してまいります。
今年は「邦楽ジャーナル」に箏の楽しさを皆様にお伝えする連載を書かせていただきます。今までの経験が少しでも皆様の参考になればと願っています。
秋には御園座にて、60周年記念公演を開催いたします。東西の名演奏家の皆様とともに、正絃社60周年を祝う演奏をお聴かせできるよう、いっそうのお稽古に励みたく存じます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
箏曲正絃社創立60周年記念
「御園座」公演
日 時 令和7年9月23日(火・祝)
会 場 御園座
特別ゲスト(五十音順)
小田 誠 菊重精峰・絃生 菊武厚詞・粧子 水野利彦 山登松和 米川敏子
尺 八
野村峰山(人間国宝) 藤原道山 竹の新撰組
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