正峰作品を紐解く ~うたまくら339号より - 正絃社

正峰作品を紐解く ~うたまくら339号より

正峰作品を紐解く       野 村 祐 子 

 父が好んで作曲のテーマに取り上げていたことは、処女作「長城の賦」に代表される中国の歴史です。

「長城の賦」(1964・昭和39年)
「五丈原」 (1969・昭和44年)
「胡笳の歌」(1975・昭和50年)
「楊柳の曲」(1976・昭和51年)
「流星」  (1980・昭和55年)
「曠野にて」(1985・昭和60年)
「夜光杯」 (1994・平成6年)
「桃李の郷」(2000・平成12年)
「柳花の苑」(2006・平成18年)

 このなかで「長城の賦」「五丈原」は、コーラスが入ったスケールの大きい合奏曲ですが、ことに「五丈原」は、演奏会のプログラムに入れると客席がいっぱいになると喜ばれて人気を博した曲でした。
「長城の賦」の初演は、昭和40年1月、名古屋邦楽協会・NHK主催の三曲名流大会(愛知文化講堂)。翌年4月、「長城の賦」初版楽譜を発刊。
土井晩翠作詩「万里長城の歌」より抜粋して作曲したもので、曲は三楽章から成り、箏独奏部と高低2部、十七絃、尺八、女声ソロと男声コーラスの編成。楽章ごとに転調するため調絃替えがあり演奏者側としては内心、面倒な曲ですが、どの楽章も愛おしいメロディが印象に残ります。

【第一楽章】
ハ調和声短音階。箏・十七絃の独奏部に導かれて始まる前奏ののち、重々しい男声コーラスが入り、中国の長い歴史に想いを寄せる歌が奏されます。合奏の所々で入る独奏箏がアクセントになって、後半の男声は二部合唱となり、女声ソロが華を添えます。

【第二楽章】
ト調和声短音階へ転じ、楽章の出だしの合奏では尺八の主旋律が心に残ります。続いてハミングのなかで箏ソロが奏され、箏・女声ソロと合奏群の掛け合いが聴かせ処です。

【第三楽章】
 前二つの楽章が短音階であったのに対し、この楽章ではAを基準とする五音からなる民謡の音階で前奏が始まります。まるで夕陽が射す万里の長城を見ているように、情景が目に浮かぶメロディに続いて箏独奏部の活躍があり、伸びやかな男声コーラスが入ります。間奏部分では各パートが陽旋音階風のメロディを交互に繋ぎ終曲部ではハ長調の中に陰旋音階的な部分転調で邦楽らしさを出して、最後の盛り上がりに彩りを加えています。

 四千年の歴史を持つ中国への畏敬と憧れを旋律に表して、作曲家としてデビューを果たすため試行錯誤しながら呈した父の処女作です。
 小学生だった私は、当時、我が家にやってきた足踏みオルガンの鍵盤に、漢数字(一二~斗為巾)やカタカナ(ロツレチ・・・)が書かれていたのを不思議に思っていましたが、振り返ってみると、五線譜に不慣れな父が鍵盤に直接、箏や尺八の音を書き込んで作曲をしていたのだと思いあたるものです。
 調絃替えが多く手間のかかる曲ですが、ぜひ合奏して万里の長城の感慨を味わっていただきたいと願っています。

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