「みなかみ詩情」の作曲分析 ~うたまくら346号より
「みなかみ詩情」の作曲分析 野 村 秀 子
昨年(令和5年)久しぶりに教授会講習会が長円寺会館(名古屋市中区)で開かれ、新作の勉強が行われました。大勢ご参加いただき会場は超満席の賑わいで、祐子家元の新作「パンドラ」は箏3パート、十七絃、三絃に尺八が加わり全6パートという大編成の曲です。
譜面を見ただけでは、ハチャメチャの奏法もあって難曲のように思われたのですが、交替で合奏してみると結構楽しい曲で、改めて教授会員の演奏力に大満足。皆さんニコニコ顔で散会しました。
こんなにも楽しい作曲を手がける祐子家元ですが、まだ十代の若い頃の作品に「みなかみ詩情」という曲があります。ロマンティックなメロディの美しい曲で、お弟子さんのレッスンの時に、私は奏法だけではなく、いくつかのポイントを押えて勉強していただきます。
「それ知っています、蛇足です!」
という方もあると思いますが、
「え? そんなこと習わなかった・・・」
「教わったような気もするけど忘れちゃった・・・」
という方のために書き置きますので、ご容赦ください。(難しいことではありません。)
《「みなかみ詩情」レッスンの要点》
物事や話の進め方に「起承転結」というまとめ方がありますが、この曲は第一楽章から第四楽章まで、まさにこのとおり構成されています。
《第一楽章》
物語の始まり「起」の部分にあたり、8分の6拍子で十七絃から始まる導入部の分散和音が優しくてきれいで、何が始まるのかと期待感を呼び覚まされます。自然短音階を使って箏のメロディが和音で描かれ、十七絃と交互に主旋律と伴奏部を奏しています。続いて箏と十七絃で表拍、裏拍が絡み合うリズミカルな掛け合い・・・、このリズムに手が間に合わない方が、たまにいらっしゃるので、指導するのに苦心したことがあります。
《第二楽章》
3拍子の速いテンポとなり、躍動的な掛け合いが聴かせ処で、物語が発展した「承」の部分にあたります。旋律の動きには和声短音階が出現しています。箏は細かいスクイ爪の連続で水の流れ、十七絃は激しいグリッサンドで四方八方に飛び散る水しぶきの様子を表現しています。
《第三楽章》
十七絃ののんびりとしたリズムの伴奏にのせて、民謡風なメロディがピッチカートの柔らかい音色で描かれます。このメロディを構成するのは、短音階から第2音、第6音を抜いた「こきりこ節」の民謡音階。4拍子の安定したリズム伴奏にのせた舟歌風な旋律に、どこか懐かしい日本の原風景が思い浮かび、「転」の役目を果たします。
《第四楽章》
短音階の第七音の「ソ」を半音上げる和声短音階からさらに第四音「レ」を半音上げたジプシー音階を使って曲を結びます。ジプシー音階は「ハンガリア舞曲」など芸術的な楽曲にしばしば使われる音階ですが、邦楽といえば陰旋音階が主流の当時では、箏にジプシー音階を取り入れるのは斬新に映りました。
《まとめ》
作曲者が東北の奥入瀬渓流を旅した印象から、このように「起承転結」を踏まえつつ、短音階、和声短音階、民謡音階、ジプシー音階と音階を変え、また拍子も8分の6拍子、3拍子、4拍子と変えた作曲で、しかも弾きやすく聴きやすい作品です。
実は、当初発表の題名は「奥入瀬の印象」でしたが、正峰先生が「ご当地ソングになってしまってはもったいない」と、水の源を尋ねる旅として「みなかみ詩情」と命名しました。関東地方の水上温泉と間違えられることもありますが、秋田・青森県境の十和田湖から太平洋へと流れ、四季折々の風景の美しさに魅了される奥入瀬渓流の旅から得た発想の作品です。箏も好まれていますが、十七絃を始めたかたがレベルアップを目指して挑戦するのによく使われています。
また、近刊の野村祐子作品では「子どものための嬉遊曲」、「君に伝えたい」など、若手育成を意図した作曲も多くあり、若い世代にもっと箏曲に親しんでほしい、という願いが込められています。ぜひとも、野村祐子作品で箏の若い担い手を育てていただきますよう、皆さまのお力添えをお願いいたします。
前列右端・野村秀子
- 2024.08.02