曲目解説(さ行) - 正絃社

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曲目解説(さ行)

砂丘の詩(さきゅうのうた)/野村正峰作曲

日本では数少ない砂丘のひとつ、鳥取砂丘を訪れた感興をもとに情景と感慨を3つの楽章にまとめたものです。河口近くに堆積した砂が、自然のいたずらで砂丘を形成し、風紋を作り出し、その風情は旅行く人を楽しませてくれます。
第1章・・・砂丘から海をのぞんで
第2章・・・砂丘にうたう
第3章・・・風と砂のたわむれ
音階には主に、四七抜き短音階を用い、素朴な旋律に日本的な和音をのせて、気品 と懐かしさを感じさせるように、また、風と砂を感じさせる手法として、よくしなうヘラ、棒のようなもので絃を打ち、和声的な打音となるよう演奏法に苦心した作品です。

(1974年作曲)

さくら幻想(さくらげんそう)/野村祐子作曲

おなじみの「さくらさくら」の箏独奏用小品です。 箏の分散和音は、西洋楽器のハーブのように響きます。トレモロやピチカットで音色を変えて、「さくらさくら」のメロディを自由に歌うように、また、後半は 3拍子にリズムを変えて、軽やかな演奏になるように工夫しました。平成14年からの学校教育への和楽器導入にあたり、文部科学省から全国の小中学校に配ら れたCD「和楽器の魅力」に選ばれた作品です。

 (1985年編曲)

さくら三重奏(さくらさんじゅうそう)/野村正峰作曲

日本古謡のさくらは、箏の入門曲として広まったと言われますが、いつのころから歌われていたのでしょうか。さくらさくら 弥生の空は 見渡す限り 霞か雲 か匂いぞ出ずる いざやいざや見にゆかんルーツはともかく、日本を象徴する歌として世界の人からも親しまれ、邦楽、洋楽、合唱など分野を問わず愛唱されて 多くの編曲がなされています。  この編曲は、演奏難度の高い箏・十七絃三重奏を意図したもので、さくらのメロディを損なうことなく、リズムの変化に箏の多様なテクニックを駆使した、6 つの変奏からなっています。また、尺八2部を加えて「さくら五重奏」とすることもできます。

1976年編作曲

さくらと春風(さくらとはるかぜ)/野村正峰作曲

のどかな春のそよ風に、ひとひら、ふたひらと花びらを散らせている桜の情景をうたった可愛らしい小品で、曲、詩とも野村正峰の手によるものです。
春風に 春風に 風に誘われ 舞う花は うすくれないの さくら花
くれないの くれないの その色あわき 花びらは 乙女心の 夢の色
夢のよな 夢のよな 春のうららの 思い出は 桜吹雪と 風のうた

1975年作曲

桜桃の歌(さくらんぼのうた)/野村正峰作曲

初夏、桜桃狩りのお土産の見事な収穫に、かつて訪れたポーランドの古都・クラコフ市の郊外のレストランで、大きな桜の古木にたわわに実る桜桃を自 由に摘ませてもらった思い出を、箏の独奏曲にまとめたものです。  箏の調絃には、「時鳥の曲」(楯山登作曲)に創案された夏山調子から、第一、第二絃をオウターブ下げて、夏の雰囲気を出しています。一絃から五絃の音階 はドミソラドとなり、長音階の主和音、短音階の主和音などが、安定した音色で響く利点を生かしたものです。

(1976年作曲)

五月雨の夜に(さみだれのよに)/野村正峰作曲

初夏の頃の長雨は鬱陶しく、夜などはことに物思わしくもあり、思いはなかなか晴れないものですが、この思いは古歌にも歌われています。

五月雨にもの思いおれば時鳥 夜ふかく鳴きていづち行くらむ
古今集巻二、夏の歌、153、紀友則
五月雨の空もとどろに時鳥 何を憂しとか夜ただ鳴くらむ
古今集巻二、夏の夜、160、紀貫之
「しとしと」と自然の作り出す単調なリズムの中に、静かに来しかた行く末を思う「ひとときの憩い」、この五月雨の夜のひとときの感興を綴ったものです。

1989年作曲

鯱の城(しゃちのしろ)/野村正峰作曲

名古屋城は、慶長年間に徳川御三家中の、尾張藩の城として、幕府が諸大名に築城を命じたものです。政策的には豊臣系の外様大名の、忠誠度をためし つつ、その蓄財を吐き出させてゆく、という狙いもあったことでしょう。賤ケ嶽の七本槍や、朝鮮攻略で雄名をはせた加藤清正も築城奉行の一人として、城の石 垣のための巨石を、派手な演出で運んだという話も伝わっています。
天守閣の屋根の上に、金でつくった一対の鯱が逆立ちをして伊勢湾に対しており、このため金鯱城とよばれ、名古屋市民に親しまれてきました。築城以 来、平和を守る城として一度も戦火を浴びなかったのですが、昭和20年5月、太平洋戦争の終戦直前に、アメリカ軍の空襲によって爆弾、焼夷弾の集中攻撃を 受け、一夜にして焼失してしまいました。
戦後、名古屋の象徴としての城を懐かしむ市民感情から、鉄筋コンクリートの復元城が建設されましたが、その直後、東海地方は伊勢湾台風で壊滅的な被害を蒙り、金の鯱が高潮を呼んだなどと囁かれたものです。
さて、この曲はもちろん、この名古屋城の歴史からの発想で作曲したものです。まず雅楽風な雰囲気で城の偉容が描かれ、古典風な舞曲として展開しま す。金紋先箱供揃いの大名行列が眼に浮かぶような旋律で、長唄の元禄花見踊の旋律がちょっと顔を出します。ついで曲想は一転して、空襲の劫火に焼かれる苦 痛のうめきを、哀切な心をこめて歌います。ここは無調音階的な尺八と十七絃が主役です。
終曲は、復興再建された城を祝う市民の喜びを現代風な明るい旋律で、限りない平和を祈る思いを歌いあげてゆきます。

SHALL WE DANCE?(しゃるうぃだんす?)/野村祐子編作曲

クラッシックの名曲から、踊りの伴奏に使われる作品を抜粋したメドレーです。 スペインの典型的な舞踊のリズム・ボレロに、スペイン・アラブ風のメロディがくりかえされる、ラヴェル作曲の「ボレロ」は、バレエのために作られた独創的 な作品。ビゼー作曲の歌劇「カルメン」の第一幕でカルメンが歌う「ハバネラ」は、ハバナ(キューバの都市)に由来し、タンゴのルーツとなった2拍子の舞曲 用リズム。同じくビゼーの歌劇「真珠採り」のアリアは、ドイツでタンゴに編曲されてヒットしたもの。これに、私の作品「緑の小路」も、タンゴのリズムにア レンジして加えました。 
クラッシックバレエの名作、チャイコフスキー作曲の「白鳥の湖」から、夢幻的な白鳥のテーマを奏でる「情景」。音楽の都・ウィーンで生まれたウィンナ・ワルツより、当時のパリで流行のスケートの様子を描いた、ワルトトイフェルの「スケーターズワルツ」。
メドレーを賑やかに締めくくる曲は、カンカン踊りの伴奏音楽として有名な、オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」の「序曲」、お菓子のコマーシャルソングとしておなじみの有名な作品です。

(2006年8月編作曲)

春景八章(しゅんけいはっしょう)/野村正峰作曲

近代において大成された三絃音楽、ことに箏曲家の専門分野の「地歌」には、いわゆる「手事もの」という曲群があり、箏との重奏による器楽性に富む 内容が含まれています。これらの曲の中には、本手、替え手合奏という形で、三絃の2部合秦的な演奏のできる曲もありますが、これらの曲は、はじめから複数 の三絃による重奏曲として作曲されたものではありません。
この曲は、三絃の重奏という、あまり試みられなかった分野の開拓という意味も持たせて、当初「花吹雪」という曲名で発表しました。ところが、出版 の版数をかなり重ねたのち、同名の創作が中能島欣一、中塩幸祐の各師の作品に、それぞれ存在することを知りました。発表年代の遅速はいざ知らず、斯界の大 先輩の作品と同名ということで、ご迷惑をかけてはという配慮から、私の作品のほうを改題することにしました。内容は、花吹雪改メ、春景八章という曲名にふ さわしく、桜花欄漫の春の情景を謳うもので、情景の美しさ、花を見る人々の賑わい、情緒、感傷、花見酒、道化、春嵐と落花の舞いなどを、軽快なタッチで描 いたものです。

春光楽(しゅんこうらく)/野村峰山作曲

この曲は尺八の二部合奏曲で、陰旋音階を主に、荘重な感じのゆったりとした旋律で始まり、途中転調し、軽やかな和声の旋律が流れ、雅楽を思わせる 響きとなります。更に転調し、軽快な旋律の中に、最初のテーマを変奏して終わります。春の光そのものではなく、淡い春の色を感じる情景を描いてみました。

春愁(しゅんしゅう)/野村正峰作曲

頼わくば花の下にて春死なん
そのきさらぎの望月(もちづき)のころ
西行法師のうたに感じた作品で、春をうれしいもの、楽しいもとと感じるばかりでなく、美しいもの、華やかなものの中にいずれ衰え滅ぶ日の影を見いだして、限りない愛着をおぼえる心にくさを次の唄に託して作曲したものです。

(1971年作曲)

野村正峰作詞

  1. 光のどけき  春の日の  花の心ぞ  うらみなる
    嵐の庭の   さくら花  ふりゆく身とも 知らずして
    咲きにおうこそ うらみなる
  2. 匂いやさしき  春の夜の  乙女ごころぞ うらみなる
    ともしびくらき 梅の宿   つまびく琴の 音(ね)によせし
    別れのうたの  うらみなる
  3. ああ春の日は  すぎゆきて  思い出のみぞ うらみなる
    花も乙女も   ひとときの  夢はみじかき 春の草
    思い出のみぞ  うらみなる

    

小変奏曲集(しょうへんそうきょくしゅう)

月の砂漠、花かげ変奏曲、森のこびと、夕やけこやけ変奏曲の合本です。

それぞれの項を参照して下さい。

小変奏曲集(2)(しょうへんそうきょくしゅうに)

春のうた、夏のうた、秋のうたの合本です。

それぞれの項を参照して下さい。

じょんがらの街(じょんがらのまち)/野村祐子作曲

菊華高校箏曲部により「津軽三味線のための箏・十七絃三重奏曲」の題で全国総合文化祭で演奏し、優秀高に選ばれ、東京公演(国立劇場)の栄誉に輝きました。旧題のとおり津軽三味線の迫力を箏の合奏に採り入れた作品です。

白樺の林にて(しらかばのはやしにて)/野村正峰作曲

長野県の自樺湖に、高校の箏曲クラブの合宿のおともをした日の思い出の山です。爽やかな高原の朝、そよ風にのって小鳥のさえずりや、乙女たちの明るい歌ごえが聞こえてきました。

白い渚(しろいなぎさ)/野村正峰作曲

作曲の前の年、作品講習のため和歌山県を訪れる機会があり、そのあと地元のかたのご厚意で、南紀白浜へ案内していただきました。この曲は、そのと きの印象をもとに作曲したものですが、真夏の陽光明るい南国の海ではなく、初冬の日の暗い海を背景にした哀愁のある作品になってしまいました。折からの時 雨で、旅館の窓には嵐のように雨風が吹き荒れ、海は重苦しい潮騒を響かせていたのもその原因ではあります。しかし、古代から牟婁(むろ)の湯として知られ た白浜温泉。ここで私はまず、万葉集に残された、有馬皇子の悲しい愛の歌と物語を思わずにはいられなかったのです。

白い花に寄せて(しろいはなによせて)/野村祐子作曲

庭に咲いた白い花。あれは何の花だったでしょうか。過ぎ去った春の日の思い出や、夢多き少女の憧れを白い花に託してえがいています。はじめ、ピアノ曲とし て作曲したものですが、箏と十七絃の合奏曲に構成を変え、邦楽器の柔らかい音色を生かした作品に生まれ変わりました。七音音階を箏で演奏するための工夫を 重ねた作品です。

「すずらんの歌」「花サフラン」「菜の花畑にて」など、作者には花詩集シリーズの作品が続きます。

(1972年野村祐子作曲)

新編地唄萬歳(しんぺんじうたまんざい)/野村正峰作曲

原曲の地歌は二上がり調子の端歌に分類されていますが、作詞者も作曲者もよく判っていません。おおむね大和万歳として自然に流布していたものから歌詞が採られていなすが、作曲は一般に享保(1716~1735)年間の城志賀だというのが通説になっているようです。
歌詞の内容からすると、地歌として弾かれるようになったのは、後水尾天皇が退位された1629年より以前ではありませんし、筝曲で独特の調絃の編 曲をした(オランダ万歳)の市浦検校とされます。初代か二代かは不明ですが、初代の師匠の石塚は1755年に検校になったとあり、それから推定して、この 曲は1700年代後半の作品と考えてよいでしょう。
原曲の三絃の快活な歌と簡明な手法はそのままに、筝曲に万歳の鼓のような面白さを加えて新しい編曲としました。

翠(すい)/野村祐子作曲

"すい"という言葉のさわやかな響きから、水、粋、彗などのイメージを思い浮かべ、美しい色の"翠"を選んでみました。曳きこまれるような碧の輝き、夏の朝の筧の水のような冷たさ、静かに響きあう2面の琴は、いつしか激しく重なり合っていきます。
ある検校の生涯を題材にした小説のなかで、「箏の音色には色があるんや。『巾』のは音は緑やな。わしは緑の色を感じるんや。」と検校が話すくだりがあり、この言葉から『巾』の響きに翠を表現してみたい、と思いました。

 (1976年作曲)

水郷のうた(すいきょうのうた)/野村正峰作曲

豊かな水資源に恵まれるわが国では、全国各地に水郷といわれる、独特の風物があります。 この曲では、関東平野に広がる利根川がもたらす千葉県北部の水郷を取りあげ、感興をそそられる多くの素材を、四つの楽章に描きました。

第1楽章  悠々たる大河、緑したたる大地
牧歌風なのどかな風景。大利根は、緑の多い大地を縫うように、悠々と流れてゆきます。江戸時代には、物資を運ぶ主要交通路として高瀬舟で賑わったことでしょうか。
第2楽章  渡し舟のある風景
治水で変更された流域では、同じ行政区画の村落が大河で二分されてしまいました。村人たちは、分割前の生活を変えずに、対岸への学童の登下校、職場への 通勤、役所への往復などに、大廻りになる橋を渡らず、渡し舟を使います。渡し舟、舟小屋、船頭さん、昔懐かしい日常生活の風物が、今も残っているのです。
第3楽章  置き忘れられた大河
前章のような流域変更では、屈曲した大河が広大な沼地として残され、この置き忘れられたような大河の周辺には、独特の植物が繁茂し、そこのみに生息する 蝶さえも見られるといいます。西の方遥かには、稀に富士山も借景でき、独特の素晴らしい景勝の地です。沼の岸に、沈みかけた腐朽の小舟をみつけ、生々流転 の動きの停止した静謐さを感じ、胸が締めつけられました。
第4楽章  沼の祭典
志賀直哉、武者小路実篤など、多くの文人がこのほとりに住んでいました。広大な手賀沼は、緑の田園地帯とマッチして、豊かな詩情に溢れる眺めで、我孫子市 の象徴になっています。水の祭典はやはり夏、快活で民謡風のメロディとリズムで、この曲を締めくくりました。

(1989年作曲)

水族館の一日(すいぞくかんのいちにち)/野村祐子作曲

今からおよそ三十ー億年前、地球に原始の海が誕生しました。原始の海に初めて生命が誕生して、現代まで約二十五億年。生物は長い進化の歴史をたど り、さまざまな動物が現れ、また、消えていきました。海は地球に生きる全ての生命の母です。青く深い海の中、そこにはさまざまな生物が棲んでいます。熱帯 の深い海で、五億年の時を生き続けているオオムガイ。幻想的な珊瑚礁の海に棲み、生きた宝石とも言われる色あざやかな熱帯魚。神秘的な半透明の姿で浮遊す る水中花ミズクラゲ。ユニークなスタイルのマンボウはひょうきんでのんびり屋。腹に挟んだ石に打ちつけて器用に貝を食べるラッコ。ピョンピョンと岩に登る イワトビペンギン。シフォンのスカーフのように美しいヒレに毒を潜ませたミノカサゴ。ミイラの顔のようなオオカミウオ。海で生活のすべての時を過ごしてい るのに産卵のために危険を冒して陸地に戻る海ガメ。海ガメは、ー生に約ー万個の卵を生みますが、親まで育つのはそのうち二個位なのです。大きなマントを拡 げ、空を飛ぶように水中を羽ばたくエイ。恐い顔のサメ。イソギンチャクと共生するクマノミ。南米のアマゾン川に住む世界最大の淡水魚ピラルク。金箔を張っ たように輝くアジアアロワナ。笹の葉のように薄く逆立ちのままで揺れているヘコアユ。潮の流れにのって回遊する魚たち。ナポレオンの帽子のようなこぶが、 額にあることから名付けられたナポレオンフィッシュ。
海は数々の命の誕生を見守ってきました。海の生物に出会う水族館で、私達は無数の生命のドラマに出会います。 地上では見られない幻想の、不思議の海中王国へ出かけてみませんか。水族館のー日を楽しんでみませんか。

<演奏タイトル>
海の生物のうた/水中花ミズクラゲの幻想/陽気なラッコの貝割り/ミイラのようなオオカミウオ/イソギンチャクと共生するクマノミ/サメとエイの軍団/回遊する魚たち/ 5億年生き続けるオウム貝/ひょうきんなマンボウ/海の生物のうた

睡蓮(すいれん)/野村峰山作曲

奈良西の京の薬師寺、そのすぐ西側に「勝間田の池」とよばれる美しい大池があり、堤に佇んで東を望むと、樹々の向こうに薬師寺の金堂、西塔、東塔 が北から南に並び建つのが見え、背後には緑深い若草山、春日山もみえます。はるか西を望めば、神さびた生駒の高嶺、その生駒の山々から吹く風が、広々とし た一面の野面を渡り、大池の水面に白いさざ波を立てるさまは、幾百年の昔もかくばかりかと想わせる静寂が感じられます。その睡蓮の花咲く勝間田の池の印象 を、三本の尺八と箏、十七絃の編成で、三つの章にまとめました。

第1章・・勝間田池の静寂 第2章・・雨の勝間田 第3章・・花咲く勝間田

すずらんの歌(すずらんのうた)/野村祐子作曲

すずらん 詩情をさそう 夢の花
すずらん 倖せをよぶ  愛のはな
花言葉・・・・幸福
「白い花に寄せて」「花サフラン」「菜の花畑にて」など、花詩集シリーズの作品です。

(1974年作曲)

滄溟(そうめい)/野村正峰作曲

大海原の広さと深さ、万物を創生した母なる海への憧憬を三つの楽章にえがいたものです。

第1楽章 標渺 遥かなる碧い海のひろがりと波のきまざまな情景をあらわそうとしています.
第2楽章 深渕 深い海の渕の神秘な暗さ、水泡、渦、未知の生物など怪奇的な幻想をえがいています。
第3楽章 創生 万物創生の母ともいうべき海への憧憬と創生への讃歌を軽快なリズムで綴り快活てエネルギッシュなコーダヘー気に導いてゆきます。

双調七章(そうじょうななしょう)/野村正峰作曲

双調(G)を基音(宮音)とした日本の音階、すなわち双調陰旋とよばれる音階を主調として書かれた純器楽曲です。箏曲の伝統的作品によく見られる段もの や、手事の作曲方式を踏襲していますが、一般の段もののように、何段何拍子というような固定した型や、段合わせができるというような制約なしに、自由に音 階の美しさそのものをあらわしています。この曲は1972年8月に「七段譜」(雲井調子)として作曲、その後、低音箏との二重奏曲に改編、改題されたもの です。

(1978年作曲)

そよ風のように(そよかぜのように)/野村祐子作曲

もしも私に翼があったならば、大空を飛びまわってみたい。やわらかな太陽の光と、流れる雲の中を、そよ風に包まれて、大空に浮かんでいたい・・・・・

乙女の夢をそよ風に託して書いてみました。

(1982年作曲)

空と海と太陽と(そらとうみとたいようと)/野村祐子作曲

私の部屋の壁に夕日と、その残照を波間に漂わせて果てしなく続く海と、茜色に染め上げた美しい空を写した一枚の写真がかかっています。まもなく沈もうとす る夕日を撮ったハワイの海の光景ですが、旅の思い出と相まって、なにか心惹かれるその風景は、疲れを癒し、渇いた心にうるおいを与えてくれます。

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