【302号】「野村正峰作品展」を前にして/野村祐子 - 正絃社

【302号】「野村正峰作品展」を前にして/野村祐子

父の思い出

三絃を弾く正峰
三絃を弾く正峰

父・野村正峰が平成23年10月22日、黄泉の国へ旅立ってから、早くも三年目を迎えようとしています。
昭和39年、父が処女作「長城の賦」を発表したころ、私は小学生でした。
学校から帰ってくると、当時まだ珍しかった足踏み式オルガンの鍵盤に、鉛筆で、ロ、ツ、レ、チ、ハなどの記号(尺八の音符)や一から巾までの箏譜が書かれていて「何だろう?」と不思議に思ったものでした。
「ああ、こうして父は作曲をしていたのだ」と、今、思い返すのは懐かしい日々です。
また父は、時折、
「ちょっと聞いてくれ、どんな感じがするかな?」と、尺八で旋律を吹いたりするので、
「荒れた海とか、風の感じがするわ。」と、答えると、
「そうか、そうか。」

満足そうに頷いて、後に出来上がったのは組曲「きたぐに」でした。
島崎藤村の詩からの作曲「宮城野」は、箏の調絃を和声短音階に工夫したものですが、同じ調絃の「白い渚」は、和歌山県白浜を訪ねた思い出の作詞作曲。試し弾きしてくれといわれたとき、私が案外に上手く弾けたのか、演奏を誉められました。それがとても嬉しくて、私の得意な曲のひとつとなりました。
父は、感情が素直に歌われている「万葉集」の歌が好みで、作曲の題材に多く取り入れています。
「錦秋」「深山の春」「わだつみ」「月の船」「炎」「紫の幻想」「熟田津」・・・、私が作曲した「平城山越えて」は、父の作曲のテーマに呼応した万葉集シリーズの一環です。

「春の公演」終演の挨拶
「春の公演」終演の挨拶

また、古参会員の方々にはご存知のとおり、期限ぎりぎりまで作曲の構想を暖める父の遅筆ぶりにはハラハラしたものでした。
「美吉野」初演の演奏会では、本番の三日前にようやく、
父「できた!」
弟子「よかった、では楽譜を。」
父「うん、作曲の構想ができたから、これから楽譜を書くんだ。」
弟子「・・・」

本番当日の朝にようやく楽譜が間に合う、ということも多々。しかし今では、父の作曲の出来上がりを、リアルタイムで体験した思い出です。出来上がったばかりの楽譜を必死で追う、あのスリルある演奏を、懐かしむ会員の方々も、少なからずあることでしょう・・・

東日本大震災を忘れずに

日本史上にも稀な大震災から2年、いまだ復興は長い道のりです。
震源地から遠く離れた名古屋でも、あの不気味な長い揺れの体感。地震情報に心穏やかには過ごせない中、「春の公演」を前にした私たちは動揺しました。次々と報道される状況に、急遽、ほかでは行事中止の連絡もあり、正絃社でも「春の公演」をどうするべきか苦悩しましたが、開催の決断に到りました。同時に古参幹部会員からの発意で、被災地支援の義援金を募り、秋には、秋保温泉での「がんばれ東北大合奏会」を開催。被災の体験談に、「よくぞご無事で」と、こぼれる涙。幸運を祈る気持ちをひとつにした「遥かなりみちのく路」の大合奏となりました。
思いがけないことは、
「私たちのために、行事をとりやめないで。」「自分たちのせいで中止になったと言われることが辛い、どうかそのまま続けて。」
という被災地会員からの声。私たちが予定通り続けることが、被災地の方々への心の支援のひとつでした。

文化は心の栄養

「衣食足りて礼節を知る」と言われますが、人間が動物と異なるのは、人間の生活には、単に『生きるために食を得る』『身体を守る衣服を身につける』だけではなく、『文化』があるからです。建物を作り、田畑を作り、道路や橋を構築して街を成し生活空間を整えるだけではなく、家族や友人、地域の仲間への思いやり、生きる意欲の支えや心の安らぎとなる趣味、音楽などのように、単に空腹を満たすだけではなく心を満たすものが、人間にはあります。それが『文化』でしょうか。
地域に伝承されるお祭りなども、観光目的になってしまったものもありますが、本来は、地域の交流にとって、重要な役割を果たしていたことでしょう。何か行事のためには、多くの時間もエネルギーも、知恵も必要です。そして、仲間の結束、友情が生まれ、助け合い、『人間はひとりで生きているのではない』と実感します。家族や仕事、地域の交流など、お互いに感謝の心を持って接していれば、それはやがて、住みやすい社会環境となって広がっていくことでしょう。

箏は社会貢献
  自信をもって箏の上達を目指す

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さて、私たち箏曲人のすべきことは、人を喜ばせる演奏をすること。そのためには、できるだけ自分が上達すること。あるいは、相手を上達させて、音楽の喜びを味わってもらうこと。今は人のために演奏できなくても、自分が上達すれば、いつか誰かに喜んでもらえる演奏ができるかもしれない。そのために上達を目指すこと、あるいは指導者として達人を目指すこと、これこそ私たちの使命と信じて、日々、お稽古に励みたいものです。
拙い演奏でも、ささいな場所での演奏でも、たとえ自分が大勢に紛れた演奏だとしても、 
「きれいな音色ね。」
「お箏ってすてきね。」
などと、誉められた経験をお持ちの方はあるはず。悲しいことや、辛いことがあったときに、無我夢中で箏のお稽古に没頭してリフレッシュ、爽快な気分になって、また仕事に、家事に「頑張ろう」と、気力を取り戻したこともあるはず。元気を取り戻してくれる「箏」は、人のために役立つ素晴らしい『文化』です。「箏」を習うことで、人の心に安らぎを与え、穏やかな人間関係を作ることができたら、立派な社会貢献です。
箏を習うときには、「私は下手だから」と遠慮せず、ぜひとも自信を持って、平和な社会に役立つために、上達を目指してお稽古しましょう。

しらかわホールでの演奏

正絃社では、今夏8月10日、〈まるごとしらかわの日〉セントラル愛知交響楽団との共演、秋10月18日には「野村正峰作品展」を「しらかわホール」にて開催いたします。
お時間を割いてご来場いただく皆さまに、心豊かなひとときをお過ごしいただくために、出演には厳しいお稽古で臨みたいと思います。両公演は、奇しくも同じ会場での開催となりましたが、この「しらかわホール」は、クラシック専用の音響に優れたホールです。より美しい日本の音色に浸って、父が遺した日本の心をお感じいただけますよう願っております。
亡き父も、遠い空から私たちをきっと、見守っていることと思います。素晴らしい演奏を目指して、心して練習に励んでおります。多くの皆さまのご来場をお待ちしております。

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