【301号】父・野村正峰の教えとともに/野村祐子 - 正絃社

【301号】父・野村正峰の教えとともに/野村祐子

今秋の野村正峰三回忌追善演奏会を前に、父の思い出を交えながら、気になる話題を取り上げてみましょう。

日本の音階へのこだわり

名古屋三曲連盟定期演奏会(平成25年2月17日) にて特別演奏「胡笳の歌」(左より倫子・祐子・幹人) 
名古屋三曲連盟定期演奏会(平成25年2月17日)
にて特別演奏「胡笳の歌」
(左より倫子・祐子・幹人)

父は、日本の陰旋音階にとてもこだわり、半音の幅には、洋楽の長音階や短音階の半音より狭くするよう、いつも注意していました。 私も、十代のころから純正調を気にして田中正平なる著者の純正調の研究書を手に入れ「ドレミ」のドとレ、レとミの全音の幅は違うことなどを知りました。ピ アノは平均律で調律されているため、どの調からでも音階が平均的に取れるよう程よく狂わせる、つまりピアノは純正な音階ではないこと、純正調を知れば知る ほど、純正な日本音階とは何か、気になりました。


調絃について

合奏には調絃が大切・春の公演(1998年) にて永廣孝山氏とともに
合奏には調絃が大切・春の公演(1998年)
にて永廣孝山氏とともに

箏の練習で、まずいちばんの困難な作業は、調絃です。現在のようにチューナーのないころは、調子笛や音叉で調子を合わせたもの。調子笛は、吹く人の息の強さで音程が狂うこ とがあり、音叉は音が小さい・・・。
音叉にはこんな思い出があります。30数年前、父と九州へ演奏に招かれた折、東京でご活躍の某尺八家との共演にて、
「この音叉が私の尺八のピッチに合っていますので、これを使って調絃してください。」 と渡されました。
その当時の調絃は、尺八家の方がプウー、とひと吹きする音に合わせて取るもの。たいていの場合、尺八家に「音をください。」と言うと、張り切って音を出すあまりピッチが上 ってしまい、いざ本番となると、尺八の音は下がって箏と合わない、ということが多くありました。
自信たっぷり、「この音叉の高さで」と注文され、何と素晴らしい正確なピッチの尺八家と感心しました。
調絃の正確さを求めて苦心していましたので、初めてチューナー器機が発売されたときには、飛びつくように買い求め、軽量小型化するたびに、便利になったと喜んだものでした。
旧来のお稽古や合奏練習の場での調絃は、お弟子さんたちが取り巻いて待っている中で、先生がひとりで汗をかき調絃に飛び回る、あるいは、耳のよい高弟に調絃役を任せて先生は監督、というのが定番。
自分の楽器を自分で調絃するという当然のことができないようでは、洋楽に比べて邦楽のレベルが低いことが明らかです。近年、オーケストラと交流する機会のたび、邦楽のレベルアップを切に思いました。
今では、チューナーはお稽古グッズの必需品です。初歩のかたでもチューナーを使って、調絃が正確なピッチで取れるようになりました。
かたや古参の方々が、「器械より耳が大切だわ。」と、自分の耳に拘って、狂ったままの調絃で弾き始める姿には、不正確な耳に頼らずに素直に器械を使ったほうがよいのに、と思います。
それに、大勢の合奏のときには、コンタクトマイクで静かに調絃できます。調子を合わせるために、辺りかまわずガンガン弾きまくる人ほど合っていないもので、周りの迷惑にもなっていることにも気づかないのです。
しかし、音楽専門家としては、チューナー依存に問題を挙げます。


レコーディングの経験から

准師範試験にては調絃の試験も行われる (厳正に審査をする正峰ほか試験官)
准師範試験にては調絃の試験も行われる
(厳正に審査をする正峰ほか試験官)

昭和50年代、父の作品音源がカセットテープから、いよいよレコードデビューとなった頃のこと。当初、話のあったTレコード社では、高名なプロデューサーによる企画でしたが、レコーディングスタッフの対応も思うようではありませんでしたので、その後はビクター社に変わって、レコードやCD制作を長年続けることになりました。
ビクター社、当時のディレクター・黒河内茂氏(現・日本伝統音楽振興会代表)、藤本草氏(現・公益財団法人日本伝統文化振興財団理事長)やレコーディングスタッフの方々は、音楽を聴く優れた耳の持ち主。邦楽のみならず、クラッシック、世界の民族音楽など幅広い収録の実績がある音楽の専門家でした。
このようなビクター社のスタッフたちは、録音を通して父の作品を深く分析し、音楽的にこの部分の演奏はこうしたら、ああしたらと、よい助言を忌憚なく惜しみなく言ってくださいました。時には議論もしたり、そのおかげで演奏解釈も、父の作品の評価も高くなったような気がしました。このレコーディングで演奏表現を見直し、新たな演奏が確立したものも多くあります。
私も、音楽とはこういうものと教えられることが多く、曲想、音楽の流れを知り、ビクターで音楽感性を育てられたといっても過言でなく、今なお、このビクター社へ感謝、スタッフへ尊敬の気持ちは変わりません。優秀なスタッフとともにする仕事は楽しく、ビクター社の社訓『いつも新たな感動を』この言葉に、父の作品がより美しい音楽へ導かれ、私たちの演奏力が高められた幸運な機会でした。
この、父の作品の大規模なレコーディングの始まりは、昭和56年頃だったでしょうか、録音現場での当初のいちばんの苦労は、やはり調絃でした。「録音準備OK」、というときに、調絃の確認で時間を取られることが多く、困ったものでした。
録音経験を重ねるうちに、時間の無駄を省くためにも正確さを求めるためにもチューナーで、1本1本、器械の針のとおりにピタリと合わせました。この録音こそ、音程が正確でよい演奏と自信を持って、録音テープを聴きなおしたとき、私は、あまりの期待はずれにショック…。
「あんなに苦心して正確に合わせたのに…」その演奏には、迫力が感じられなかったのです。演奏が悪かったのか?何が原因なのか?

音楽の基礎から

録音の演奏を確かめる (昭和60年頃)
録音の演奏を確かめる
(昭和60年頃)

その後のある日、音楽の基礎を復習しようと思い立って下総皖一著の楽典を開きました。そこには、次のように書かれていました。
『完全8度(オクターブ)の音程は、たいへんよく協和するので、人間の耳には高い音のほうが沈んで聞こえるため、僅かに高めに調律するとよい。逆に低い音程は少し低めにするとよい。オーケストラなどでは、このようにすると音の広がり、厚みのある合奏になります。』
また、ピアノの調律では、低い方を低めに、高い方は高めに調律することも聞きました。
「一音だけ聞くと高すぎたり、低すぎたりするように思えますが、実際の曲を弾くときになると、この方が人間の耳に、高い音はより高く、低い音はより低く、音楽的に聴こえるのです。」と、調律師のかたは話されました。
チューナーの針のような正確さではなく、人間の耳に正確に聴こえる音が大切なのです。音楽を聴くのは、器械ではなく人間ということを忘れてはいけないのでした。

耳を大切に

春の公演の舞台裏
春の公演の舞台裏
箏を並べてさあ調絃!

箏曲演奏会の舞台裏では、調絃係が重要な存在です。
数年前、四国でのある演奏会の折、一般的にチューナーが普及していますのに、その社中の高弟の調絃係のかたが、昔ながらの調子笛で調絃されていました。何故なら、その調絃係のかたの吹く調子笛の音程が、尺八のピッチとぴったりなのです。耳の良さに感心しました。

調絃の正確さのために、器械を利用されるとよいと思いますが、音楽は器械ではなく耳で創られるもの。自分の耳を大切に、より豊かな音楽を求めて、美しい音程を追究したいと願っています。


学校教育の大切さ

若き日の正峰
若き日の正峰
(昭和18年陸軍幼年学校卒業)

近年、話題に上る学校での「いじめ」には、スポーツ系の部活が目立ちます。体罰の是非も問われますが、身体や心に損傷を与えることは、絶対に許されないことです。
父が教育を受けた陸軍幼年学校、士官学校は、日本を守る軍人教育の学校ですので、もちろん厳しい規則があったと聞いています。
「枕草子」「徒然草」のような軟弱?な読書は禁止。文学青年まがいの父は、このような文学書を密かに下宿先へ送り届けてもらったのがばれて、厳しい処罰を受けたそう・・・。
ある時、父は軍刀の試し斬りで作った竹筒に野菊を活けておいたところ、
「お前のその優しさが仇になる。」
と、涙ながら諌めた上官もあったとか。人の情に厚いようでは、戦争に行っても負けてしまうでしょうね・・・。
しかし、そのような戦時中にもかかわらず、校長先生は『花も実もある武士』を標榜する人物で、自らピアノを弾き、フランス語の歌を歌う教養人。校長先生は、「将来の日本を思う」というテーマで生徒に作文を書かせて、優秀な作文を全校生徒の前で読み上げ、
「こういう生徒を育てていることを、誇りに思う。」
と、締め括られたそうです。匿名で読まれた、その本人にしか分からない文章は、まさしく自分のものであったと父は述懐していました。
2002年の指導要領改訂で学校教育へ和楽器が導入されてより、学校で箏を指導する機会が多くなりました。日ごろの一般社会でのお稽古との違いを感じます。
箏曲部などの部活は、学校教育の一環ではありますが、校外行事への参加もあり、生徒が社会で自立したひとりの人間としてのマナーを学ぶ機会にもな ります。集団での行動、服装、時間の約束など、授業以外の社会のルールを学びとっていきます。こうした積み重ねが、牽いては将来の日本を支える人材育成に 繋がっていくことでしょう。

よい先生の条件

大学での三絃の授業
大学での三絃の授業
(次々と三絃の糸が伸びて調子が
狂うので、てんてこ舞いです)

何かの折に耳にした、「生徒を惹きつけるよい先生の条件の高校生アンケート」では、次の点が挙げられています。
1、 わかりやすい授業内容
2、 声がはっきりして聞き取りやすい
3、 明るいプラス思考
4、 公平
5、 人の意見をよく聞いてくれる
部活では、楽器を自分で運ぶのは当然のことで生徒に行動力はあるのですが、指導者の的確な指示がないと、ただの群集に成り下がってしまいます。健全な教育方針を指導者の心がけとしたいものです。集団練習では平等な指導に気を配っていますが、全体的な指導よりも、ひとりひとりに声をかけたほうが、生徒の反応があります。人数が多いと行き届かないのですが、なるべくマンツウマンでの対応を心がけています。

お稽古の楽しさ

親睦厚い正絃社、 春の公演打ち上げ懇親旅行
昭和63年、親睦厚い正絃社、
春の公演打ち上げ懇親旅行

振り返りますと、父母が全国的に活躍し始めた昭和40年代、私が箏を教え始めた昭和50年代は、日本の景気もよく、お稽古事の盛んな時代でした。箏の入門 者には子どもも多く、初弾き会、ゆかた会などでの記念写真では、前列に並ぶ幼稚園生、小学生、中高生ら成人以前の若者たちが大半を占めていました。少子高 齢化のこのごろでは、金の卵のような子どもたちを取り巻くように、大人たちはいかに若々しく並ぶことができるか・・・(ごめんなさい)
父は、弾き初め会などのあとには、いろいろなゲームを用意して遊び、母は手作りのデザートを振舞ったりしていました。その楽しさや箏の友だちにつられて、練習嫌いな子どもがお稽古に励むようになったり、もちろん大人も親睦交流を深めてきました。
こうした継続が力となり、正絃社の楽しい和が広がって、現在の幹部会活動にも生かされていると思います。

習い事は情操教育

箏のお稽古の強みは、マンツウマンですから、ひとりひとりの性格、好みなどに合わせて指導が変えられること。
以前、明治時代の地歌名人「富崎春昇伝」の一節に、
『箏のお稽古は性格矯正にもなる情操教育です。おとなしい人には元気のある曲を、おてんばな娘さんには穏やかな曲を教えて、性格を直すのです。』とありました。
古来、お茶、お花、箏曲などのお稽古事は情操教育で、社会の一員として守るべきマナーを学ぶ場でありました。少しばかりお茶の作法を習ったときに、先生からまず最初に、お月謝の納め方の礼儀を説明されました。
「今のお若い方には、こういうこともきちんと教えて差し上げないと…、礼儀をご存知ない方がありますから・・・。」
なるほど…。お茶のお稽古では、扉の開け閉め、お茶などの勧め方、お箸の上げ下ろし、周りへの配慮など、日常の何気ない動作も美しくあるように・・・と、たいへん勉強になりました。
そういえば、演奏会や研修会などいろいろな行事で人柄が表れます。
タイミングのよいときに(慌しいときに居合わせると、挨拶もつい疎かになってしまいますので、ごめんなさい。)
「おはようございます。」
「よろしくお願いします。」
元気のよい声に励まされます。かたや何も言わずに来て何も言わずに帰る人・・・。
いつも早めに来て、
「何かお手伝いを。」
と、協力してくださるかたは嬉しいですね。
「何かすることありますか? あったら言ってください。」
ヤル気満々のアピールの割には、お役に及ばずの人もありますが。主催者側も、皆さまに楽しく参加していただけるよう、準備に知恵を絞っております。

正絃社時間とは

着物姿でも念入りに打合せ
着物姿でも念入りに打合せ
(平成20年春の公演)

集合時間の約束では、「名古屋時間」というのが、おおよそ30分遅れと言われているそうです。
正絃社では、
「皆さん、集合時間は○時です。時間厳守でお願いします。」
厳重にお願いしても、たいてい守っていただけないのが現状です・・・ ???
いえいえ、正絃社では、決められた時間に行くと、たいてい用事は終わっていることが多く(通常30分前あたりで片付いてしまっている)、約束の時 間に来られた方が気まずい思いをされるので、早く来過ぎないように「時間厳守」とお願いするのです。(張り切って早く集合する「正絃社時間」の意欲に感謝 しています。)
皆様いつも、ありがとうございます。

今年もいろいろな行事へのご協力、どうか、よろしくお願いいたします。

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