【312号】うたまくら 各地の活躍 - 正絃社

【312号】うたまくら 各地の活躍

岡山三曲演奏会にて
渡谷元子 

  昨年10月12日、岡山市民会館にて岡山三曲演奏会が行われました。毎秋に開催、岡山県内の13会派の演奏とゲスト演奏の2部構成で、今回のゲストには、野村祐子家元と野村峰山先生をお招きすることができました。 
私の社中・倉敷琴友会は「曠野にて」を演奏。祐子先生が聴いておられると思うと、皆、緊張してしまったようです。正絃社でない会派からも「秋の讃歌」「からくり花舞台」が出され、正絃社の曲が多くの方に親しまれていることを嬉しく思いました。
 特別出演の祐子先生と峰山先生は、「千鳥の曲」と「鳰の海に」を演奏。「千鳥の曲」は、バイオリンを入れた編成で、いったいどんな曲になるのだろうと楽しみにしていました。おそらく観客の皆さんも同じ気持ちだったに違いありません。
ひとたび演奏が始まると、先生方の美しい調べに皆、惹き込まれ、客席は静まり返っていました。今回の「千鳥の曲」は、初代中尾都山師が作成したバイオリン譜から、尺八とのユニゾンを避けて、箏と尺八、箏とバイオリン、三者合奏の3パターンに分けて、それぞれの音色の聞きわけを楽しむ趣向で、本当に堪能させていただきました. 

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箏とヴァイオリン、尺八


  「鳰の海に」は、何度聞いてもいい曲です。琵琶湖の雄大さ、湖の青さが目に浮かぶようで、演奏が終わっても席を立つ人も少なく、皆、余韻に浸っていました。祐子先生、峰山先生、素晴しい演奏ありがとうございました。
来年6月には、倉敷市芸文館ホールにて岡山正絃社二十周年記念演奏会を開催いたします。祐子先生はじめ正絃社有志の皆さまのご支援をいただき、峰山先生、また東京から山田流演奏家・山登松和先生をお迎えして、盛会にすべく準備中です。力不足ではありますが、どうか応援お願いいたします。

岡山正絃社創立20周年記念演奏会
  日時 6月12日(日) 
  会場 倉敷市芸文館ホール
  曲目 お茶紀行 きさらぎ 春の海 さらし幻想曲 華舞歳々ほか 

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緊張の舞台~やっとかめ文化祭~
水野 優子

11月3日・文化の日、「やっとかめ文化祭」に正絃社合奏団が出演。今年で三年目の「やっとかめ文化祭」、合奏団も三年連続で出演していましたが、3日は初めての名古屋駅での演奏でした。

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ナナちゃん人形で大勢の観客に囲まれて

ナナちゃん人形の足元に舞台を設置した演奏では、強いビル風で楽譜がめくれたり、飛んでいってしまうのでは…、と心配しましたが、当日は11月としては、ぽかぽかと暖かい気温、風もほとんどなく絶好の演奏日和に!
演奏曲は、「夢はマーチにのって」、「月に寄せる日本のうた」、そして祐子家元の新曲「愛と祈りの調べ」の三曲。舞台はお箏を三面並べてギリギリの大きさ、一人1パートで第一箏、第二箏、十七絃の合奏です。
私は合奏団に昨年、入団したばかりで、お客さまの目の前、しかも一人1パートで演奏するというプレッシャーに、実は二日ほど前から、あまり寝つけていませんでした。準備のため一時間前に会場に到着すると、舞台のまわりを大勢のお客さまが囲んでいて、緊張はさらに増すばかり。
私たちの前に出演された狂言の方々が、大盛況で舞台をおりられ、ついに出番です!
担当パートの十七絃を持ち、いざ舞台へ。手を伸ばせば触れられるのでは、と思うほどお客さまは近くで、緊張のあまり、お客さまのほうを見ることもできない私。司会のかたが演奏曲を紹介、固まってしまった指のまま、演奏を始めました。
一曲目の「夢マーチ・・・」を演奏中、ふと目の端にうつった何人かのお客さまが、体を揺らしてリズムを取っていました。(第一箏の川勝さん、第二箏の木﨑さんはもちろんお上手なのですが)私のつたない演奏でも、こうしてリズムにのってくださるなんて!そう思うと、緊張も少しだけほぐれた気が・・・。
なんとか「夢マーチ・・・」を終えると、お客さまのほうを見る余裕ができ、二曲目の「月寄せ・・・」の演奏中には、お客さまが真剣に聴き入られているのが目に入りました。真剣なお客さまに、恥ずかしくない演奏をお届けしたい! そんな気持ちになり、すこ~しだけ緩んだ緊張の糸が、今度は良い意味で引き締まります。
三曲目の「愛・・・」の演奏中には、『通りを歩いて行かれる方々にも届きますように。』と、思いながら演奏しました。ぎこちなかったかもしれませんが、笑顔で、自分でもリズムにあわせて少しだけ体を揺らしてみたり。『お琴って楽しいんですよ!』という気持ちが、伝えられたら、と思いながら・・・。
《ただ自分が楽しいから演奏する》というだけではない気持ちが芽生えたことに、自分でも驚きました。
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大須招き猫広場


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人だかりの演奏

「やっとかめ文化祭」は、来年も開催されるそうです。今年の演奏では反省点が山ほどあります(涙)ので、一年間精進し、来年は自分でも納得のいく、そしてお客さまにも楽しんでいただけるような演奏ができたら、と思っています。      (名古屋市・助教) 

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長栄座公演に出演して 
竹内麻絵

昨年11月8日、米原市の文化産業交流会館の特設舞台【長栄座】で行われた、伝統と創造シリーズⅥ「ルネサンス近江開幕」芸能古今東西~面白の芸能絵巻に出演しました。
この公演は、滋賀県邦楽・邦舞専門実演家養成所の研究生・修了生による邦楽演奏と舞踊を芝居小屋【長栄座】で披露する、というものです。
nagaeza長栄座出演者一同

一昨年、私たち正絃社合奏団から4名が養成所のオーディションを受け、無事に皆で4期生として養成所に登録していただきました。いつもお互いを励まし合いながら、米原へ月に数回のお稽古に通っています。
養成所では、祐子先生のご指導のもと、普段関わる機会のない他流派の方々と一緒にお稽古を重ねていく中で、一つの音楽を創り上げていく喜びを知ることができました。
 一昨年初めて出演した長栄座公演では、素晴らしい舞台環境と会場の雰囲気や大勢のお客様に、今までにない緊張、心臓がバクバク。その経験を経ているので今回は、安心して落ち着いて弾けるかなと思っていたのですが…。
邦楽部門のプログラムは、養成所修了生「しゅはり」による「弦舞」、私たち4期生の「御茶紀行」、全員での新曲「滋賀の地酒祝い唄」の3曲。「御茶紀行」も「滋賀の地酒祝い唄」も、舞踊との共演、そして唄がありました。
長栄座事業の監修に当たられている舞台芸術アドバイザーの久保田敏子先生が、光栄なことに、練習の時から幾度となくお越しになり、歌詞の意味・正しい発音の仕方などを細かく注意して下さいました。言葉の頭ははっきりと、だけでなく、「よ」は「ィよ」、マ行は口を閉じてから発音する、「ふ」は「fu」、「わ」は「ゥわ」、濁音は鼻に抜けるように、特に「さ」「し」は空気を出してと教えて頂きました。曲中に何度もあり難しく、大変、苦戦しました。
 「御茶紀行」の舞踊は、唐の国から船でお茶を運んだ様子や、眠気を払う坊さん、信楽たぬきの登場など、詞にそった振り付けで、ぜひ、客席で見たいと思うような、大変楽しいもの。こちら邦楽チームはといえば、私たち4期生のみの4人での暗譜演奏や各自のソロパートに加え、唄のソロも頂き、緊張でガチガチ。
私は、初めての三絃ソロ、ましてや唄のソロなんて! 練習では、緊張して声が上ずってしまったり、意識しすぎて逆に低くなり過ぎたり。たった2小節、1フレーズなのですが、発音も含め、私には超難問。迎えた本番では、極度の緊張に手も声も震えて、思うようにはいきませんでしたが、2月の再演には絶対成功させる気持ちで臨みたいと思います。
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舞踊の所作台の上で御茶紀行の練習

「滋賀の地酒祝い唄」は、「しがのさけ」を頭文字に構成された歌詞を持つ創作地歌で、今回の長栄座公演のために書き下ろされた新曲。三絃のソロから始まり、徐々にパートが増え最後は大合奏、ページをめくる度にどんどん曲が表情を変え、弾いても聞いても大変楽しい曲です。舞踊は勧進帳風の三絃合奏に合わせた、『お酒の精霊』の登場で始まり。楽譜を見ながらの演奏だったので、踊りを見ている暇がなかったのが残念、DVDが届くのを楽しみにしています。
長栄座では、通常の演奏会ではなかなか体験できない舞踊との共演や、ソロ演奏など、大変勉強になりました。貴重な勉強の場を与えて下さった祐子先生に感謝して、今後もお稽古に励みたいと思います。ありがとうございました。    (名古屋市・直門・師範)

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第三十回国民文化祭・かごしま2015「邦楽の祭典」に参加して  
水野あい子

昨年の国民文化祭「「邦楽の祭典」は、昨年11月15日、鹿児島県の姶良市・姶良市文化会館・加音ホールにての開催でした。岐阜県からは尺八3名、私たち岐阜正絃社から14名の参加です。
二日間の鹿児島観光を終えた岐阜正絃社一行は、15日、午前十時頃にホールに到着。私たちの顔を見ると、係員の方々が暖かく迎え入れてくださり、小ホールの客席をパーティションで仕切った控室へ。岐阜県担当のかたが着替え室、貴重品を入れるロッカー、昼食を取る部屋等の案内を微に入り細に入り、お世話下さいました。
貸し箏でしたのでリハーサルで、糸の締め具合、押さえ等、個々に確認。特に十七絃は糸の印が違い、締めが緩く調絃の調整が大変でした。
出演は5番め、出番まで時間があったので、皆で衣装に着替え、お互いにチェックし合っていると、幹人先生がお友達の本間先生とご一緒に訪ねてきて下さいました。お二人は「太平記・新田義貞~いざ鎌倉へ~」(群馬県)の出演とのこと。皆、幹人先生のお顔を見て「頑張ろう!」と、気持ちを引き締めたようにみえました。
さて本番。演奏曲目は、正峰先生の人気作品「錦秋」。秋の山、枯れ葉がカサッと舞い散る音、鹿の遠音、虫の声、もみじ葉が川に落ちて激しく飲み込まれ流れる様子、また穏やかな流れに乗って流れる模様、フィナーレは逝く秋を悲しむかのような余韻をのこし…、秋を奏でる名作。正峰先生の思いが演奏に出せますようにと、練習を積み重ねてきました。
演奏が終わり振り返ると、皆、ニコニコとした顔。
「よかった!」
吉澤・小島・渡辺各先生方も、気持ちは同じようでした。一年前から幹部と計画を練り、本番に至ったのですが、無事終わりほっとしました。
尺八賛助いただいた、都山流岐阜同友会の若林蓮山先生、岐阜峰山会の小島勇山先生、足立尚山先生に、心よりお礼申し上げます。
皆で力を合わせて一つの行事を成し遂げた満足感を抱きながら、鹿児島空港を後にしました。
今年の国民文化祭は愛知県の開催。全国の邦楽出演者をお迎えする立場に、正絃社の活躍が期待されていることを思いますと、胸が高鳴ります。全国の皆さまにまた会えることを楽しみにしております。

国民文化祭あいち2016
  邦楽の祭典
   日時 11月3日(祭・木) 
      (リハーサル11月2日)
  会場 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール

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山村楽乃「座敷舞の会」に寄せて
鷲津 真紀 

紅葉に彩られた名古屋城が、しっとりと霧雨に濡れた昨秋11月14日、名古屋能楽堂では表題の会が催されました。
会主の山村楽乃先生は、地歌舞の素晴らしさを広めるため、この催しを度重ねてこられましたが、今回は《名古屋市民芸術祭2015》参加の栄えある舞台で、いっそう力を入れていらっしゃいました。

〔プログラム〕
「虫の音」
  舞    山村楽乃
 三絃・歌  野村祐子
  箏    鷲津真紀
 胡 弓   菊央雄司
 
「御茶紀行」
  舞    山村楽乃門下生
 三絃・歌  野村祐子
  箏    鈴川悦代
  
「地歌舞についてのお話」
山村流六世宗家 山村友五郎師
 
「七福神宝船」
  舞    山村楽乃
 箏・歌   野村祐子
 十七絃   野崎 緑
 
「八島」
  舞    山村楽乃
 三絃・歌  野村祐子

 山村楽乃先生と野村祐子家元との出会いに際して、ささいなご縁があったことから私は、今回の大舞台の一幕に加えていただくことになりました。
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能楽堂稽古室にて右端が鷲津真紀さん


地歌「虫の音」は、長唄「秋の色種」のなかの「虫の音の手事」のフレーズのもとになるなど多くの曲に取り入れられている古曲で難曲・・・、と言われても、その曲の価値も解りかねるほど、私には縁遠い古典です。楽譜をかなり早くに手にしましたものの、難題古典に初めての挑戦…。家元から頂いた音源を頼りに、初心にかえって一からの勉強でした。
楽譜を見ながら初めて音源を聴いた時は、「このような幽玄の世界を私が再現できるのかしら?」と、大きな不安に襲われました。お稽古に通うと案の定、厳しいご指導に胸は詰まり、涙の出る思い・・・。音色が、爪音が、弾き方の解釈の仕方が、まったく地歌にならない…。
家に帰っても、何をどうしたらよいのか、途方にくれるばかりで、何度も何度もテープを聞き、練習を録音しては、それを聞き直すことを繰り返しました。曲の流れが頭に入ってくるようになった頃、ようやく家元から、「少し落ち着いてきたね。」の言葉がいただけました。『何が』、『どこが』、ではなく、心の持ち方が音色に現れるのだと、今さらながら感じたことでした。
当日の「虫の音」の演奏は、三絃、箏、胡弓の組合せの三曲合奏。胡弓は、大阪を拠点に広くご活躍の菊央雄司先生。
胡弓は余韻嫋嫋として、謡うように流れ、三絃の音色との駆け引きは何ともまろやかで、誰もが聴き入る美しい音色です。亡き人へ思いを寄せる曲の雰囲気を引き立てるため、胡弓の手は所々に休みがあり、その巧みさは一緒に演奏している私までも、ハッとしてしまう素敵な手付けです。
楽乃先生の舞は、事前の練習で間近に拝見して、その凛とした美しさに圧倒されましたが、舞台リハーサルでは演奏に夢中で、目に入るのは舞の足許だけ、それ以上は顔を挙げることができませんでした。本番では、家元の歌がしっとりと響き、時間はあっという間に過ぎたのでした。
2番目の「御茶紀行」は、家元と鈴川悦代先生の演奏に、楽乃先生の振付による舞で、ご門下の総勢9人による華やかな舞台。一昨年からいろいろな舞台で上演されて、チームワークを温めてこられた成果が感じられました。
そして、山村流の御家元・山村友五郎先生による地唄舞のお話で、舞台はしばしの休憩。
その間に楽乃先生は衣装を変え、友五郎家元の振付による「七福神宝船」舞姿の初お目見えです。祐子家元の箏と野崎緑先生の十七絃に、巧みに扇子を使って七福神の風体を表現し、滑稽な仕草や、厳粛な舞、軽妙な技で観客の目は、和やかな曲想に惹き込まれている様子でした。
そして4番目の演目「八島」は、山村流のなかでも「本行物」と言われる、能を写した格調高いもので、緩やかな動きの中に息を飲むような凄みの感じられる舞。家元の歌と三絃が能楽堂に響き渡り、幽玄の世界が繰り広げられました。
続いての山村楽乃「舞の会」は、門下生の方々が精魂込めて練習された成果の舞台。まずは家元の演奏による「雪」で始まりました。舞の描き出す世界に歌と三絃が重なり、切なさが溢れます。舞い手はご高齢と伺いましたが、真っ白の着物を纏った娘姿は、齢を忘れさせました。
楽乃先生のお孫様の「京の四季」では、可愛い舞妓姿の二人が舞台に現れるやいなや、会場の耳目が集まりました。幼い子どもたちが、さしつさされつお酌をする仕草に思わず、会場から笑みがこぼれました。
「松竹梅」では家元と鈴川悦代先生の合奏で、舞い手は落ち着いた舞をご披露。舞と演奏の息を合わせるため、地方との練習のたびに録音されたカセットテープを何度も何度もくり返し聞かれるご様子に、練習を積み重ねることの大切さが伝わってきました。 
終盤近くになって、西川流名取の西川えつ先生をゲストに迎えられた楽乃先生との「蛙」は、滑稽な面白味あふれる、くすっと笑みがこぼれる舞台。というのは、実はリハーサルを拝見した時の感想で、本番では家元の三味線の糸が切れるアクシデントが発生。
しかし、おひとりでの演奏では、念のためと用意された替三味線に手を伸ばすタイミングもなく、また、そのまま何事もなかったかのように演奏されるお姿。まさか、家元が最後まで2本の絃のみで演奏されていた、ということに気付かれた観客も少なかったことでしょう。(私と鈴川先生は、「もし自分だったら」と胸ドキドキ・・・) 
『普段の練習がそのまま舞台に現れる』ことを学ぶ、土壇場の一場面でした。
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楽屋にて菊央先生とともに

この「地歌舞の会」で私は、楽乃先生はじめご門人の皆様が、地歌をとても大切にされていること、音楽は奏でる側だけのものではなく、共にある人が大勢いらっしゃることを実感。これから少しずつ、地歌に似合う落ち着いた演奏ができるよう、心静かにお箏に向かいたいと、想いを新たに抱いた秋のひと時でした。
このような栄えある舞台で良い経験をさせていただいたことに深く感謝しております。
本当にありがとうございました。
(名古屋市・大師範)

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幻の政吉ヴァイオリンでたどる   
  「名古屋の知られざる音楽史」の鑑賞               
 野崎 緑
 
 「ヴァイオリンで邦楽曲~明治大正の音楽会」が、昨年11月20日、宗次ホールで開催されました。少し早めに到着した私は、ロビーで美味しいコーヒーをいただき、二階の最前列で拝聴することにしました。
司会者は井上さつき先生。「日本のヴァイオリン王鈴木政吉と幻の名器」の著者で愛知県立芸術大学教授、明るい山吹色のお着物で登場です。舞台正面に写し出されるスライドを見ながら、政吉とヴァイオリンの出会いのお話があり、第一部はピアノとヴァイオリンで当時の曲を演奏。

舞台中央のグランドピアノには、エンジ色の振袖に黒地の帯を文庫に結んだピアニストの戸谷誠子さん。ドイツから帰国されたヴァイオリニストの江頭麻耶さんは、政吉のヴァイオリンを持って、これまた艶やかなブルーの地に色とりどりの柄が描かれた振り袖姿で登場。明治時代にお着物で演奏されていた様子が再現されていました。
「植生の宿」(イングランド民謡)、続いて「庭の千草」(アイルランド民謡)。そのヴァイオリンはどこか懐かしく暖かい、そして芯のある音色・・・。 明治の人々もこんな風に鑑賞していたのか、と想像をめぐらしていた次の瞬間、バチッ!
…音楽が止まり、コロコロー、と何かが転がった様な…。
 ヴァイオリンの絃が垂れ下がり、駒が外れ落ちて、江頭さんは固まっていました。何と鈴木政吉のヴァイオリンが、壊れてしまったのです。演奏は、まだこのあとの第二部もあるというのに…。ヴァイオリンと祐子先生・峰山先生のコラボ。政吉のヴァイオリンが主役のこのコンサートはどうなってしまうの?
 
会場の全員が固唾をのみました。
井上先生が、
「善後策を相談する間、峰山先生、何かお願いします。」
峰山先生は、
「では、この時代の尺八本曲で、中尾都山作曲の『慷月調』を演奏します。」
と、いきなり尺八独奏となりました。
しかも暗譜です…。
いつ聞いてもうっとりとしてしまう峰山先生の尺八、予定外のプログラムを聞かせていただき、何とおトクなコンサート。さらに、井上先生の曲ごとの解説は、スライドとともに、全部まとめてのお話となりました。
はたまた祐子先生が、今回は3曲の演奏のために、曲に合わせて木目の異なる箏を3面、用意されており、それを舞台上に並べて説明してくださいました。3面の箏は「板目」、「柾目」、「玉杢」、それぞれの名器を並べて見られることは、めったにないチャンスです。
そうこうしている間に、名古屋駅近くの楽器店の職人さんがタクシーで駆けつけて、舞台裏でヴァイオリンの修理を終えた模様。

明治時代に製作されたままのヴァイオリンでしたので、絹を撚って作ってあった留め具(現在ではワイヤー入りで頑丈に作られている)が、ここ二日間ばかり続いていた雨の湿気とホールでの乾燥に耐え切れず切れてしまったのだと、舞台上で説明されました。
このアクシデントに素早く対応してくれた楽器店さんに、感謝を示して、
「皆さん、ヴァイオリンを購入予定の方は、名駅一番出口すぐの「・・・・」楽器店へどうぞ。ケアも万全です。」
と、江頭さんは壇上から、今回の救世主の職人さん(純朴そうな青年)をアピール。
(ほほえましい!)

 そして、いよいよコンサートの続行。
板目の箏でしっとりと「千鳥の曲」、ホールにしみわたる祐子先生の唄声。前半は、ヴァイオリンと尺八が交互に箏と合奏、後半ではユニゾンあり、また本手と替手の合奏の面白さもあり、ヴァイオリンと尺八の音色も絶妙なハーモニーです。
続いて「六段の調べ」も、初段は尺八、二段はヴァイオリン、三段からは三者の合奏、お箏は柾目でマイルドな音色。
邦楽曲のしめくくりは「春の海」。普段、私たちが聴きなれている尺八パートをヴァイオリン、箏は「玉杢」の華やか音色、尺八は長管で低音部の編曲を演奏。音域が広くなり、まるでオーケストラを聴いている様な満足感。

祐子先生は三曲とも暗譜で、アクシデントをもろともせず、心に染み入る素晴らしい演奏でした。続いて中断された第一部の「ドナウ河のさざ波」「セレナーデ」「トロイメライ」
をピアノとヴァイオリンで演奏。
アンコール曲は全員での合奏で、鈴木政吉子息・鈴木鎮一(ヴァイオリンの指導者で鈴木メソッドの創始者)作曲による「名古屋の子守唄」。どの曲も素晴らしく、また箏の音色の違いも味わい、大満足のコンサートでした。
思いもよらないアクシデントを出演者、スタッフのチーム力、経験や英知で乗り切る経過を目の当たりにし、勉強になり記憶に残るコンサートでした。 (大師範・名古屋市)

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