【314号】うたまくら 夢をもって
夢をもって 野村祐子
正絃社では昨年、創立五十周年を迎え、恒例の「春の公演」を五十周年記念と銘打って開催しましたが、邦楽の伝統を守り続けている団体では、五十年どころか、百年を越える記念演奏会を開催される流派もあります。創立者の遺志を引き継いで芸の研鑽に努め、流派の伝統に誇りを持って、邦楽の振興に活躍される会員の方々の努力に、正絃社もかくありたいと願うものでございます。
・母の夢
昭和40年、正絃社創立の当時、伝統を大切にする邦楽界で、邦楽団体の名を新しく挙げるのはたやすいことではありませんでした。
父母が「正絃社」を興すことができたのは、父の新作を門人の方々が喜んでくださったばかりでなく、全国の流派を越えた愛好者の方々から、楽譜の問い合わせや講習の要望を受けたことや、日本の好景気にあって、お稽古事に熱心な時勢で邦楽も勢いにのっていたおかげです。正絃社は、何より父・野村正峰の作品があってこそですが、父を支える母・秀子の夢にも、正絃社発展の根幹があったと感じています。
昭和53年、現在の正絃社会館の場所に3階建ての旧・正絃社会館が落成した折、4月の「うたまくら」の中に、母は次のように書いています。
『・・・十五年ぐらい前、いやもっと古いことかも知れませんが、まだガリ版刷りだった頃の、“うたまくら”に、「私のゆめ」と題して、次のような三つの願いを書いたことがありました。
1、うたまくらを活版刷りにしたい
2、演奏集団を持ちたい
3、正絃社会館がほしい
その“うたまくら”を読んだ正峰先生が、『活版刷りにするぐらい何でもないことだ』と、第一の願いはすぐ叶えてくれました。
第二の演奏集団ということは、演奏だけで食べてゆけるような、という意味ですが、これは天下の何とかフィルと称する管弦楽団でさえバイトをしなくては維持できない、というのが実情ですから、まずお箏の集団としては当然ムリ。
でも、技術的な意味のことでしたら、新しい譜面を渡されて即演奏、といっても何とか恰好はつくという人を常時百人以上抱えている昨今では、第二の願いも叶えられているといっていいのではないでしょうか…、(後略)』
昨年の正絃社創立五十周年を経て私も、末長い邦楽の発展を願い、正絃社百周年を夢見ています。
名古屋三曲連盟定期演奏会にて、左より母・秀子、倫子、祐子
さて、話は大きく逸れますが、昨今の私のお稽古の現場から感じることを述べましょう。
・お稽古のいろいろ
現在、私は正絃社のほか、音楽大学や文化センターで箏曲講座を受け持っています。文化センターに入会された方に、箏の経験をお尋ねしますと、初心のかたもいらっしゃいますが、
・子どものころに習った
・40~50年前に習っていた
・学校の部活で練習した
という方が多くあります。
子どものころの習い事や花嫁修業の一つとして習ったけれども、戦争や学業、結婚、育児などの人生の転機を経て、ようやく現在、時間的、経済的に余裕ができ、「もう一度やってみたい」「何か趣味を持って毎日を楽しみたい」と思われて申し込まれているようです。
そこで私が思いますのには、文化センター受講生の皆さんが若いころに習われた、先生の指導が良かったから、今こうして、「再び箏を始めたいと思われた」ということです。何十年前に指導された先生方あればこそ、現在に至るものです。
もしかしたら私が今、教えた生徒の中から、『子どものころにちょっとやったので、また、箏を習ってみたい、』
と、何十年か先に習いに行かれる方があるかもしれない、そのために「何十年か先のための教授者を育てておかなければ」と思います。
実は、亡き父は常々、「指導者を育てよ」と言って、職格者の方々に教授活動を勧めておりました。《鶏が先か、卵が先か》という問いならば、「先ず鶏を育てる」ということになります。
五十年先、百年先に活躍できる指導者を、しっかりと育てたいと思うものです。
・大学の授業
2002年の学習指導要領に和楽器が取り入れられたのは周知のとおりですが、このため現在の大学の教職課程(学校教員の資格をとるために必要な科目)では、和楽器の「演奏」と「歌」の修習が定められ、箏や三絃の授業が必修科目となっています。そのため、本来、マンツーマンでじっくりと続けられるお稽古が、僅か数か月、数十人の集団レッスンで行われています。
集団レッスンといいますと、各地での新曲講習会や正絃社幹部会の研修会で、たびたび私も指導しておりますが、この場合、受講者は各自で調絃ができ、楽器の準備も自主的にできる方々の集まりです。
しかし大学では、ほとんどが初心者ですので、箏の持ち運び方、箏柱のたて方、立奏台の並べ方など、すべて初心に還って指導する授業です。普段、何気なく箏を準備できる皆様方が、いかに邦楽を身に着けていることかと、改めて感心いたします。
・今秋に向けて
10月から12月にかけて、次のような特別企画の公演が続きます。
「正絃社合奏団30周年記念コンサート」
「国民文化祭あいち2016・邦楽の祭典」
滋賀県「新生長栄座」公演
「愛知芸術文化協会コラボレーション企画《椿説曾根崎心中夢幻譚》オーケストラ共演」
正絃社幹部会の行事もこれに合わせて協力してくださり、感謝にたえません。演奏の成功への思いで、ついつい厳しい指導になりますが、演奏会の成功だけでなく、ひとりひとりが演奏技術を身につけ、音楽芸術として自信を持って勉強し、また、指導力を持つようになっていただきたいと願っています。
高い理想に向って、進みたいと思いますが、趣味として楽しみたい皆さま方には無理なく、それぞれの目標を持ってお稽古していただきたいと思っています。本年の行事を土台に、一歩一歩、前進したいと思います。
皆さま、どうか、よろしくお願いいたします。
国民文化祭プレイベント(栄オアシス)にて演奏の合奏団
- 2016.07.07
最新記事
- 2024.10.18
【347号】うたまくら 私の作曲こと始め - 2024.07.03
【346号】うたまくら 野村峰山 紫綬褒章受章 - 2024.04.07
【345号】うたまくら 箏曲正絃社創立60周年を目指して - 2024.01.01
【344号】うたまくら 2024年新年を迎えて - 2023.10.09
【343号】うたまくら 新刊「パンドラ」 - 2023.07.01
【342号】うたまくら 出会いの喜び 演奏の楽しさ - 2023.04.01
【341号】うたまくら 歓びの日々に感謝 - 2023.01.01
【340号】うたまくら 令和5年迎春 - 2022.07.01
【338号】うたまくら 箏に助けられ - 2022.04.01
【337号】うたまくら 感謝と信頼と希望 - 2022.01.01
【336号】うたまくら 伝承と創造 - 2021.10.03
【335号】うたまくら 一歩前へ踏み出そう - 2021.07.04
【334号】うたまくら 音楽は心の栄養 - 2021.04.02
【333号】うたまくら コロナから前進へ - 2021.01.01
【332号】うたまくら 新年を迎えて - 2020.10.04
【331号】コロナ生活のなかで - 2020.07.26
【330号】非常事態のなかで - 2020.04.16
【329号】コロナウイルス対策のなかで - 2020.01.01
【328号】うたまくら 祝・令和のお正月 - 2019.09.18
【327号】うたまくら 「にっぽんの芸能」出演