【238号】古典に学ぶ(8)「箏曲大意抄を読んでみよう(続)」(その2)/ 野村正峰
古典の話だというと、飛ばしてしまって読んでくださらない人もあるかも知れませんので、 興味を持っていただけそうな話題にしぼって読んでいきましょう。今回は奏法の説明と、楽器 の製法についての項目を読んでみます。
伝統音楽の世界では、まず伝承をそのままの形で学ぶことが大切だとされています。でも、 それでは芸術に志す人のオリジナリティはどうなるかと、古典をまともにやりもしないで、ま ずそっぽを向いてしまう人もいます。
たしかに、古典をそのままの形で学ぼうとす ると、主として、人間の記憶だけに頼ってきた伝承には、長い過程ですので、忘れられたり、 資料が散佼したり、時には変形したりしていて科学的な(記譜においても音源においても)伝 承方法のなかった時代の音楽そのものについては、現代においては何ひとつ確かなものはない といえます。頑固にも、そんなことはないと主張する人もいますが、誇りは誇りとして、その 人に至るまでの伝承が絶対的なものであったかどうかは肯定的にはなりえません。
楽器として、箏そのものは、二千年以上も昔の古代中国に起源があり、日本でも古事記や万 葉集にも記録がありますが、現代の形の楽器になるまでには、人間の歴史と同じく、幾多の伝 承、更改、断絶、創造が繰り返され、時と所によって、さまざまな音楽があったでしょう。
前号で紹介した中世の西国大名、大内氏の庇護のもとで箏曲が演奏されていたということ。 真偽のほどはさだかでないとしても、現在の箏曲の原形が、四百五十年から五百年ほど前にあっ たらしい、そして、八橋検校から生田検校にいたる間、三百五十年前から数十年の間に教授大 系が確立され、組唄の楽譜とともに、箏曲の沿革や奏法、楽器の製法までを詳述した大意抄が、 二百二十年前に出版されるようになる事実関係が、だんだんよく見えてくるでしょう。
では、まず今号では大意抄に述べられた、箏の基本的な弾き方(手法)を読みます。感心す るのは、現代演奏されているほとんどの手法が当時のままのよびかたなのです。
左手八法
掩 〔ヱ〕 押トマル音
押 〔力〕 ヲシイロ
種 〔シ〕 ツキイロ
儒 〔ユ〕 ヒキイロ
重押〔ウカ〕ヲントメテマタフス音
揺吟〔ヨ〕 ユルイロ
押響〔ケ〕 ヒビキフフスイロ
押放〔カハ〕フンテハナスイロ
〔 〕内の片仮名は大意抄の楽譜の表示記号。
蛇足ながら説明をつけ加えると
- 掩とは何だろう? 箏に掩いかぶきるようにして押すからだろうか、漢和辞典にはおさえる という意味も見える。ともかく、大意抄の楽譜で、六段、八段、乱、の器楽曲の中には、この 記号はなく、歌のある曲の中に散見する。・押す、を〔力〕というのは、漢音よみをカフ と表示したからだろう。前記の工と力の区別はよくわからない。
- 種、実はこの字ではなく手偏に室の字が書いてあるが、現代の漢和辞典にはない字。何故突 くように弾く意味があるのかはわからない。
- 儒、字の意味としては腕や脚の肉の柔らかい 部分をいうのだが、古い訓にユヒク・ユルフという読みがあるので、ヒキイロと当て読みして いるのではないか?
- 重押、押すは〔力〕と読んだのでジュウの読みの末尾音の〔ウ〕を符号化したのか?
- 揺吟の〔ヨ〕は、読んで字の如く揺れるという字の音はヨウと読むからだろう。
- 押響を〔ケ〕と読ませるのも苦しいが、響くという字はキョウだが昔はケフと書いたのだろうか?
- 押放、 〔力〕はたびたび出たのでいいとして放すをホウと読むかと思ったら、これは素直に ハと読ませている。随分手前勝手な名付け方。
現代の左手の奏法では、右手の手法の音程変更、潤色だけでなく、左手そのもので絃をはじ く奏法が、これらに加わっています。
また、大意抄の楽譜では、押し手によって、音が半音上がるのか、 一音または一音半あがるのか、全然判りません。偉い検校さんも無関心 だったのか、それとも、日伝とか秘伝とかで、おいそれとは教えてもらえなかったのか、判断 しかねる問題です。
つぎは右手の奏法、現在とほとんど同じ。
右手十七法
拘爪 〔かけ爪〕
半拘 〔半かけ爪〕 向半拘・短半・皆半
早拘 〔早かけ爪〕
掻手 〔掻きで〕
合爪 〔合わせ爪〕
散 〔散らし爪・サン〕
押合爪〔押し合わせ爪〕
連 〔裏れん・サラリン〕
波帰 〔波返し〕
輪連 〔われん〕
流爪 〔流し爪〕
ハリ爪 〔現在のアルペジオ風の奏法か?〕
スリ爪 〔擦り爪〕
排爪 〔すくい爪〕
引連 〔引き連〕
半引連 〔五・六絃から手前へ引く連〕
引捨 〔引き連の途中でとめる〕
説明
- 拘け爪にはいろいろなパターンができる。カラカラテンが標準パターンとすると、トンカ ラテン、カカテンなどと音で想像できる。
- 輪連は、角型の薄い爪を使う生回流と、先が半円形で分厚くて長めの爪を使う山田流では奏 法が少し違うが、山田流のほうが派手な動きなのは周知のとおり。楽譜にはワと表示。
- 連と一字だけで示してある裏連は、通常はその音になぞらえてサーラリンと言っているが、 爪の形の違う生田と山田では奏法も音も一様ではない。また生田の中でも流派により、また土 地により、奏法に幾つかのパターンがある。一般に、まず人指し指の爪先で、市の絃をマン ドリンの奏法のようにふるわせて鳴らし、ついで人指指と中指の爪を一暴返しにした恰好で一の 絃の方へ流すようにしていく。最後は親指で流す。熟練の度によって、たいへん効果のある奏 法だが、古典の出には濫用しないほうがいい。
- ハリ爪、スリ爪、技法はともかく、今では使われない字で書かれている。
- 押し合わせ爪、これは現在でも一気に二本並んだ絃を弾く。低い方の絃を押して、高い方の 絃と同音にして音量を倍にするのだが、半音程のところは弱押し、 一音程のところは強押しを 使って同音にするということを明きらかにしていない。これも口伝なのだろうか。
現在の奏法を大意抄に加えるとしたら、ハー モニクス(左右ともに)や、左右連動のアルペ ジオ、絃を打つ(叩く)、竜角から金具までの 絃をオルゴールのように鳴らす、柱の左側の絃 を鳴らす、時には箏の異板を打楽器として叩く など、それほど多くはないようです。
つぎに秋霧形箏の製作の法、という項目があ ります。付記された図面を見ると、ほとんど現 在私たちが使っているものと同じなので、ここ に掲載はいたしません。私どもは、理屈はわかっ ていても、実際のところは琴屋さんやメーカー でないとピンと来ないでしょう。読んでみてご 自分の持物の琴を思い浮かべてください。
~寸法は六尺三寸、甲の目方は六百匁から八百 い 匁まで、ただし木によって目方は少々の差はあっ てもよい、甲の厚さは材の都合で八分でも七分 み でもいい~
メートル法に換算すると
長さ 191センチメートル
重さ 2.25~3キログラム
厚さ 21~24センチメートル
目方が軽いのは、裏板や竜角その他の部品がつ けてない状態だからでしょうか。また厚さは、 琴の反りをみてあるようです。
~甲の向かい側は分厚く、手前(巾の絃の側)側は薄くする。中ほどから竜尾にかけて次第に 分厚くなるように胴をくり抜く。良い桐を選んで自然乾燥させ、木のしぶを抜いたものを火に あぶって黒くして仕上げる。長さは用途によって六尺三寸、六尺、五尺八寸で寸法によって製 法もちがいがある~
現今も、生田流の本間が六尺三十、並間が五尺五寸、山田流が六尺、大阪系の生回流の五八 琴が五尺八寸で作られていますが、主流は山田流の型で、あやめ琴ともいわれています。
~糸の目方は二間糸にて二①匁ぐらいまで、糸の生を改めて用いる。但し箏によって古作の箏 などは一九匁にもする。色糸はよくない、常色がいい、最もいいのは自糸である~ 現今は絹糸の絃を使う人は稀になりました。絶対に絹糸を使うといっていた人も、化繊糸の耐久性、音質の向上には兜を脱いできたよう。 何よりも耐久力がいいし(切れない)、高価ですぐ切れる絹糸では経済的にとてもついていけません。
一九匁とは、約三・六メートルの糸が十三本で七一グラム、二〇匁では七五グラムという換算になります。
生を改めるというのは、蚕の糸そのままではなく、いったん加工したものという意味。色に ついてのコメントは面白く、染めたものではなく、純白のものが最上だといっています。このごろ、化繊糸を黄色に染めたものが音がいい、という人(業者?)もいるので、メーカーにたずねてみたら、着色するための加熱、乾燥など の処理が、音に影響するのではないか? とも一言っていました。私もまだ確信をもった答えを出すほどの実験をしていません。今でも白い糸のほうを使うのは、若い頃に使った絹糸では、白糸が高価で高級品として認識していたからでしょうか。
化繊糸は絹糸とは目方が違いますが、目方の ナンバーは、絹糸で、その目方に相当する性能のナンバーと考えればよいと思います。ただしメーカーによって、目方にも音質にも多少の差があります。
~爪の心得のこと 象牙・貝・竹・整甲べっ甲はやわらかなり、只はかたし、竹は絃 にきしむ、さりながら竹は修行あるべきことなり。すべて爪の先に心をおきて弾くべし~ 昔はいろいろな工夫があったようです。
~当流では秋霧形に限らず、古くて品の良い箏は弾きやすい。いずれもその品によって弾き方の心得があり、弾く人の技術に応じて弾く~
(以下次号)
- 1999.10.21
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