【307号】日本の伝統音楽の現在(いま)/野村祐子 - 正絃社

【307号】日本の伝統音楽の現在(いま)/野村祐子

小中学校箏曲コンクール福山にて
小中学校箏曲コンクール福山にて

正絃社創立五十周年記念「春の公演」を前にして、今、私たちがやりたいこと、やるべきこと、後世に伝えていきたいことを考えてみたいと思います。 まず、三曲の歴史を大まかに振り返ってみましょう。

  • 戦国時代、中国から琉球を経て三味線が伝来し、石村検校が「組歌」を作り、江戸時代に三絃は多くの分野に発展する。
  • 江戸時代初期、九州久留米の僧・賢順は、古代の雅楽で使われていた箏から筑紫流箏曲を作り、これを学んだ八橋検校は「六段の調べ」(北島検校の説もある)や組歌を作り、今に伝承される箏曲の歴史が始まる。
  • 千六百年代後半、生田検校が箏曲と三絃を結びつけて合奏し、「生田流」の名のもととなる。尺八は琴古流が興る。
  • 江戸時代中ごろ、江戸では山田検校による歌に重点をおいた山田流が盛んになる。
  • 幕末、吉澤検校により地歌から離れた箏曲「千鳥の曲」などが作られる。
  • 明治の開国により当道職屋敷が解体され、箏、三絃、尺八の三曲合奏が流行し、また洋楽の影響をうけて明るい曲調の明治新曲が作られる。尺八都山流が興る。
  • 大正昭和時代、宮城道雄らの新日本音楽運動により、新しい創作活動が盛んになり、十七絃など新しい楽器の開発や、宮城作曲による「春の海」のヴァイオリンとの合奏で、「箏」が海外に知れ渡る。
  • 戦後の復興、好景気に乗ってお稽古ごとが盛んになる。洋楽の作曲家が現代音楽の作曲に日本の伝統楽器を取り入れ、邦楽の演奏技術が進歩する。
  • 宮城道雄以来、低迷していた邦楽界にあって全国的に普及した野村正峰作品はじめ、家庭音楽会出版楽譜による若手邦楽作曲家が多く出現、現在に至る。

古代、大陸との交流は困難であったにも拘わらず、海外から伝来した文化に刺激を受けて日本で始まり、工夫が加えられ、現在に繋がっているものが、日本の伝統文化となっています。
邦楽ばかりでなく、歌舞伎や、能、相撲など、その時代の波に乗って流行し、今に伝えられている伝統文化は日本の財産。こうしたなかから世界遺産に登録される文化遺産が増えつつあり、日本の伝統文化が見直されることにもなる嬉しいニュースです。
2020年の東京オリンピックの開催決定の際、プレゼンテーションで話題になったのが日本の【おもてなし】。日本独自の持ち味である伝統文化が、この【おもてなし】に役に立つ期待が高まります。これから日本の楽器にも注目されていくことでしょう。

そして私たち邦楽人が、今、やるべきことは何でしょうか。邦楽の未来のために、どうしたらよいのでしょうか。
私は、自身の演奏力を高めるとともに、邦楽の歴史や楽器の知識を備え、多くの方々に演奏に触れていただき、伝統音楽の素晴らしさに自信を持って、 邦楽人口を増やすことが、邦楽に携わるものとしての使命ではないかと思っています。いろいろな場での演奏、指導、作曲…、どんなときでも頭のなかは箏のこ とでいっぱい、社会と邦楽をいかに結び付けるかと考えを巡らせています。
その成果を実らせるべく、来年の正絃社五十周年記念「春の公演」に向けて、ご来場の皆さまに感動していただける演奏を目指し、一層の練習に励み、厳しく指導にあたらなくてはと、心引き締める毎日です。

どうか皆さま、よろしくお願いいたします。

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