うたまくら - 正絃社

【234号】古典に学ぶ(7)「箏曲大意抄を読んでみよう(続)」 /野村正峰

前号を受けて、安村検校の撫箏雅譜集の序文を読んでいきましょう。
今号では、その序文の最後の部分、歌の歌い方、現代風にいえば発声法について述べてある部分を読んで見ましょう。
赤字の文は原文、音訓は現代のよみかたとし、黒字は私が注釈を試みたものです。


唱様(うたいよう)の事(歌いかた)
自身の調子をよくこころみて唱うべし。(体調をととのえ、発声練習をしてから)
嫌う癖の事(よくない歌いかた)
目をふさぐ事、声格別にふとくほそく唱う事、拍子を高く打つ事、頭を振る事、良き歌はおもてするすると、上にはふしもなき様にて底にふしこもりて耳たたず。
目をつぶって歌ってはいけない。声を特に強くしたり、細くしたりもよくない。手や足でリズムをとったり、頭を振ったりするのもよくない。舞台マ ナーは自分では気がつかない。または知っていても自己主張のために直さない人もあります。今はビデオがあるので、時には自身の演奏ぶりを反省してみましょ う。首をふる、身体をふる、足をバタバタと打って拍子をとるなど、無意識でやっているのでしょうか。よくみかける風景ですね。
おもてするすると上にはふしもなきような歌い方(淡々とした歌いかた。格調高い純音楽はすべてこうありたいものです)は聴く人の耳をそばだてさせるといっています。

第一、唱(うた)う前の心をしかとわきまうべし。ふしは、文字のなまりなきように上げ下げをつけたるものなり。漢字にあるは、すべていろいろ文字を思いて唱えば、字の心たがわず。なまりなく仮名のうつり美しくうたうこと第一なり。
なまり、といっているのはアクセントと解していいと思います。歌詞の意味、内容、心をよく理解してうたえば美しく歌うことができる。意味も判らず歌っていては、結局、音楽の心を理解もできないし、人にも伝えることはできないということですね。

うたうにも声にも、慎みということありといいて、おり○したる○悪し。軽き心に出して慎みあり。
読めない字があり難解。謙虚にといっても、過ぎたるは及ばざるがごとしというのでしょうか。もってまわった歌い方をしないで、素直に軽く歌うほうが品があるの意でしょうか?

メルは心をはる。ハルは心をめる。絃歌すれるふしのこと、これはいずれの曲にも、ままあるなり。
尺八では、沈ると書いてメル、浮ると書いてカルと読ませています。もちろん、メルは音程を下げる、カルは音程を上げること。ここに書いているの は、その反対ではないかとは言わないでください。声の音程を下げるときには、心をはりつめ、しっかりとその音を支えるエネルギーがいるのです。その逆に音 程を高める時は、心をすまして、うわずった声を出さないようにするのが上手な声の使い方せす。尺八の音出しについても、実は同様のことが言えるのです。

一曲の序破急と、一曲の中にかなめ(要)とする所あること。情というは、唱うところの文字を思いて声を出すに見たり。
前に出たことが繰り返されているよう。

な○○るようのことは、まずかいかうの事を心得べし。(開腔・開口のことか?) 和字正鑑抄(不詳)にもおよそ人の物言わんとする時、喉(のど)の内に風あり。この風、外に風を引いて丹田(へその下)に下がり腎水を撃って声を起こす時、断、歯、脣、頂、月、咽、胸の七ヶ所に触れ、喉肉、脣肉の所を転がすによって種々の音声あり。その数、五十音に通ず。
脣はくちびる、頂はうなじ、頭の天辺、のことです。断はどこか判りません。鼻にも関係があると思います。これにはふれていないよう。

まず、あいうえおの五字は喉の音なり。その中に、は口を開く初の声総じて微強に喉の中に常にありて、わざといわざれども、息の出入りにおのずからとて、」「」「」「を生じまた、」「」「」「」「」「」「」「」「をなす。
は仮名にうつる根本にして
と舌に触るる所の初なり
は脣に触れて転(ころが)
は、より生じて、というとき初め微強なる、の音そいて、といわる
は、より生ず。初に微強なる、の音そいて、脣に触れて、「うお」といわる此の二字も切(?)を初にもつれて、阿、(あ?)より生ずるなり
現代の発声理論からすると、人体の生理学などがよく判っていないようで、かなり強引なことも言っているよう。でも、うなずけることもあります。いわる「・・・言うことができる・・・」と解していいでしょう。

九声の
は、の声すこし喉のそとにあたりて転(ころが)したる声なり、喉の音ながら牙(歯)に触る故に牙の音ともいう。
」「」「は舌の音なり
は、舌の本(根本)に触れて、また歯にも触れる故、歯の音とも言う
は、舌の中ほどに触れて齶(あご)を弾る(はずませる?)声なり
は、鼻に入るに鼻音とも言うなり、鼻を塞うでは、」「」「」「」「の五音は言われれぬなり 「は」「ま」は脣の音ながら
は、脣の内に触れて軽く
は、脣の外に触れて重く
」「」「の三音は遍口声にて、口の中にていわるる声にて、口の中にていわるる声なり、その中に
は、喉の音ながら舌を兼ねていわる
は、舌の音の至極なり、舌の端を、歯で」「よりも齶(あご)をつよく弾していわる、録(「ろ」のことらしい)の舌音は舌を下歯につけていわるるを是はいわれず
は、喉の音ながら、脣音を兼ねて、「は」の字よりもなお脣の内に柔らかに触れていわる、右の三音(「や」「ら」「わ」)また口、舌、脣の次第なり


一応原文に忠実に、現代文に近いものとしてみました。日本語の発音は、中近世、あるいは地方によって、かなり変化してきているので、文字通りに受け取れな いこともありまる。外国語を学ぶとき、初学者がまず戸惑うのが、国語にない発音の言語です。ヨーロッパ系の巻舌音や、中国系の、そり舌ではずいぶん苦労さ せられます。ただし、ここに述べているのは、やはり五十音を基盤にした日本語の発音のしかた、おおいに参考にしていいと思います。
安村検校の序文は以上です。次号も箏曲大意抄の勉強を続けていきたいと思います。

 

(以下次号)

このページのTOPへ