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「ものづくり」に思う【継往開来】野村正峰生誕九〇周年 野村祐子

「ものづくり」に思う
【継往開来】
    野村正峰生誕90周年     野村祐子     

 自動車の有名企業で世界に名を知られる愛知県は、全国的にも「ものづくり」のさかんな土地柄と紹介されており、いろいろな分野で、技術革新、新製品開発が絶えず行われています。日進月歩で進化する技術開発ですが、今、最新の技術も、百年後には伝統のひとつとなると言われます。

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さわらび会にて「春景八章」


 昨年、思い切って手術を受け、医学の進歩を体感しましたが、医療技術の発展は素晴らしく、また、どのような分野においても「ものづくり」が大切であると思いました。
私たちが学んでいる邦楽に「ものづくり」を当てはめると、楽器の改良や開発、楽器や演奏に関わる部品などの工夫や、新しい作曲、演奏技術の向上、などが考えられます。
例えば、宮城道雄先生によって開発された十七絃では、以前には琴糸を留めるためのピンが「横ピン」と呼ばれる形が主流でしたが、使い勝手などから改良され、現在では「上ピン」が主流になっています。また楽器も、十七絃のほか、ソプラノ箏、二十絃、二十五絃、三十絃などいろいろな種類の箏が製作されています。


yoko「横ピン」
ue「上ピン」


 とくに、2002年に義務教育の指導要領に和楽器が取り入れられてからは、学校での授業のために安価で小型の箏や、糸張り調節のためのネジ付きの箏などが、メーカーによって開発されてきました。実は、小型の箏は、既に江戸時代にもあり、「半箏」「車箏」などと名付けられた小さなサイズの箏を、骨董蒐集家のもとで見かけたことがあります。「半箏」は家紋入りの美しい金襴緞子の琴袋に包まれ、楽器というより美術工芸品のようで大切にされていました。
このごろ、調絃を合わせるのに(調子笛が使いやすいと言う方もありますが)、チューナーの普及率は目覚ましく、お稽古グッズとして、ほぼ必携の器機となっています。
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昭和50年代頃のチューナー


 40年ほど前、初めてチューナーの器機を見たときには、小さな手提げ金庫のようなサイズでした。今から見れば大きなものでしたが、音を正確に合わせるためには必需品と思い、持ち歩いていました。年々、小型化、改良が進み、持ち運びも楽になりました。 
チューナーは、メーターで音の高低を見て判断できるので、自分の耳で音を聞かなくても正確な音程を合わせることができます。大勢が合奏する場合でも、それぞれがチューナーでピッチを正確に合わせれば調絃も安心です。しかし、チューナーがいくら正確であるとはいっても、実際に演奏するのも演奏を聴くのも人間ですから、人間の耳に気持ちのよい調絃に合わせたいものです。

tuner new現在の小型チューナー

 立奏台や譜面台、琴や三絃のケースなども新型の製品が市場を占めていきます。旧式のものが次第に製造終了となりますと、時代の変遷が何か、物寂しく感じられるのは私だけでしょうか。
道具ばかりでなく、楽曲の内容、作曲も移り変わっています。江戸時代、陰旋法が主流の地歌箏曲も、文明開化の明治時代には急激に変わって発展してきました。西洋音楽の影響から、乃木調子などの明るい音階の調絃方法が工夫され、三絃から離れて箏曲が活躍する「明治新曲」が作られていきます。「明治新曲」も、私たちからすると古典のひとつなのですが、当時の人々から見ると、とても斬新な「新曲」だったことでしょう。

score old明治新曲


 昭和になり、宮城道雄作品(現在では古典に分類されつつあります)が、邦楽の革新的存在となり、また同時期の多くの作曲家によって「新日本音楽」「新邦楽」が作られていきました。
この時期の作品では、ピッチカートやトレモロ、アルペジオ、ハーモニクス、打ち爪などの新鮮な演奏法が使われるようになり、これは現在の演奏法にも引き継がれています。箏曲の演奏法は、この時期に大きく発展したと思います。

戦後の復興から景気のよい時代に入ると、邦楽界にも前衛的な洋楽の影響を受けた、いわゆる「現代邦楽」が流行り、「日本音楽集団」のような専門家集団が活躍するようになりました。 
箏の演奏家ではない作曲専門の作曲家によって、邦楽器を使う作品が試みられ、これまでの常識にないような演奏が試みられたり、またそれが、演奏技術の目覚ましい進歩に繋がってきたように思います。

日本の歴史から見れば僅か百年程の間ですが、その年月でも邦楽はこのように変わってきました。「伝統」とは、先人が拓いた道を、次の人々が伝えていくことですが、その時代の工夫を重ねていくことにより発展していきます。

このように、先人の事業を受け継ぎ、発展させながら未来を切り開くことを表す言葉で、※「継往開来」という字句を見つけました。

※(中国の王陽明「伝習録」に見られ、世界遺産「福建土楼」の「承啓楼」の2番目の門の両脇に「承前啓後盡閲人間春色 繼往開來飽覽世紀風光」の句があると伝えられる)
日本古来の芸能には、旧態依然として変えることのない「伝承芸」もありますが、人の手から手へ単に伝えるだけでなく、工夫を織り込んで進歩する「伝統の芸」を伝えていきたいものです。

現代に古典として演奏される曲も、作曲当時は新作のひとつであり、多くの曲が作られたなかで今に伝えられていることは、価値があったからにほかなりません。その古典の良さを学び、さらに、現代により親しまれる箏曲を目指して、日進月歩の研鑽に努めたいと思います。

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 今生きている私たちが感動し、共感する多くの作曲を残してくれた父の作品を、よりよい演奏で表現できるように演奏技術を磨くとともに、多くの人々に広めることを私の生涯の目標として進んでまいります。

CD


 今秋11月11日、しらかわホールでの「野村正峰生誕90周年記念公演」、ご案内はまだ先になりますが、どうぞ、今年後半のご予定にお書き留めくださいますようお願い申し上げます。

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